おとぎ話

おとぎ話
僕は君を失ったらきっと狂うよ
オフィーリアの意識が浸透してくるベッドの中で
僕は夢見心地で君にささやく
「狂ってから、死のうか」
貴女のいない世界に一人
生きる強さが僕にはない
それではあなたを食べてあげましょう
彼女は言う
一生懸命一片の肉片も残さず
食べてあげるわ
「女郎蜘蛛」だね
あなたが言ったのよ
私のことを「けなげな女郎蜘蛛」だって
じゃあ、僕は食べられちゃうんだね
そうよ、あなたは誰からも好かれるから
誰にも渡さないの
重いな・・・君の愛は・・・
でもそれくらいの重い枷が
僕には丁度いい
でも食べたその後は?
そうね
あなたを身籠るわ
他の誰のところにも転生できないように
そして身籠ったその後は?
あなたを産むわ
そしてあなたはに私に恋して
激情の果てに壊れればいい
壊れて死んだその後は?
また食べるのよ
素敵だね
素敵でしょ
そう笑い合いながら
僕は再び彼女の体に滑り込む
彼女は幽妙な海底
色情の恋獄に僕を繋ぎ止め
味わいながら巧みに踊る
もう僕は戻れないほど溺れきっているのに
彼女のおとぎ話は終わらない

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愛は風化する

愛は風化する
君に何度も「愛している」「必ず幸せにする」
と、言っていたのに
僕は、今日死ぬ
空虚感に襲われた街で
遺言状をばら撒いたら
「チンケな広告なら間に合ってるよ!」とのあざ笑いが
頭上のカラスの糞と一緒に落とされた
聖人が
「地上に不必要な人間などいないのです。」
と、語るその名言こそ不必要
そんな言葉を鵜呑みにしたら
だらだらと煩悩の数だけ生きのびてしまうよ
坊主とて女遊びをする時代
気楽にそれを冗談にできるボキャブラリィなど
僕は持ち合わせていなかった
君に
「僕は今日死ぬから。」
というと、君は
「一緒に死にたい。」
という
多分それは予想していた答え
情死に3回失敗した三文物書きみたいにはなりたくなくて
「僕の息の根が止まるのを確認してから、君は死ぬんだよ。」
と、お願いすると
君は美しく笑って小さく頷いた
できれば僕の死体が無様であることを祈る
君に死への恐怖が訪れることを
僕への愛が嘘っぱちの空っぽであったことを
この猿芝居は一人舞台だったと
弱虫の僕が強がって飛び降りたグランドキャニオンの奈落の底
そこから僕には記憶がない
ただ君が、僕の知らない誰かの横で
花のように笑っていてくれたらと思う
遺言状は漫才のネタになるが
僕を、ねぇ、もし僕のことが
君の中で風化するなら
僕の肉体が砂塵になり
君の目に入った時は
「あれ、なぜ、泣いてるのかしら?」
と、彼氏の前で思いっきり笑って見せてくれ
激しい蜜月の形見を弔いに
愛は虚空を彷徨い続け
やがては
思い出と共に風化する 

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デメテル

デメテル
デメテル
髪長く麗しき女(ひと)
豊饒の女神
冥界に愛娘
攫われ墜ちて
冬きたらするは
哀しみのデメテル
愛娘
柘榴の実一つを
喰はざらましかば
我はこの世に
冬を創らましや
彷徨える荒野に二人
娘と共に
風に吹かる
我が元を去りし
娘は還らず
しからば娘の
春帰りきたらむを
アイリス畑にて
我は待たなむ

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冬の温もり

冬の温もり
真夜中は二十五時まで氷点下
氷柱が貫く私の心臓
君は腐らないように
冷凍室に入れて
電子レンジでチンをする
温かい君の部屋で
鼓動は再生し
私はもう一度
あの春を待つ
冬に埋もれないように
君にこの焼きたての
モツを差し出す

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私の指紋

私の指紋
鳴門の渦潮よりも
精密に深く渦を巻き
赤い血潮に指先は灼かれている
それは不解明の暗号の記録
誰かが緻密な大河のくねりを
第一関節に残していった
足に張り付いた
メイプルの葉脈でさえ
個性の背筋を伸ばしては
掴み損ねた太陽に灼かれて
色鮮やかに染まり
温かさだけくるみこんで
去りゆく晩秋に手を振る
ひとひらの雪でさえ
違えた結晶を分け与えられ
手のひらの温度差に気を失って
微睡みの涙を浮かべる
私の指紋
神世の時代から
とうとうと湧き出る霊(ち)の潮(うしお)
西国浄土から授けられた那由多の葉脈
業の流転の刻まれた結晶が指先に
今世の運命ごと譲られた命の脈流
乾杯
奇跡の軌道の模様の親指
青空に立てて私の拇印
空は私の所有物になり
私は毎日違う夕日を朱印で飾る
命の営みに産声を聞いた日から
筋違いのシナリオを
私は包括し
己の渦を
渡る

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小詩 四編  2

小詩 四編  2 
【挨拶】
真冬の低気圧は
二度寝の低血圧
明けましておめでとうが
暮れましてさようなら
気がついたら
捻ったままの蛇口は
氷結
こんばんは
氷の国は
まだ
かまくらの中
【電灯】
豆電球はだいたい
ダイダイ
いろいろ
アタシが詩集を
読む頃は
豆電球くらいの
豆知識
だいたい色
【絶好調】
あなたが
アバウトに褒める時
時々曇りのち晴れ
あなたが
興奮するほど
口五月蠅い時
ネタ適当に
絶好調
あなたが仕事中
私の詩(うた)
絶食中
言の葉のスペルは
あなた次第で
晴天気
【まわる】
廻っているのは
あなたを中心に
地球と私
廻っているのは
愛してる
の四文字
光速で大量生産
廻っているのは
天下と金と
赤字家計簿
火の車
そんな毎日に
慣れてしまった
自分をに
頭がまわる
目がまわる

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お正月と愛犬

お正月と愛犬
初春の 挨拶もせず 二度寝する 雲行き怪し 私と陽光
大晦日 金はり見栄はり 障子はり 鬼嫁迎える 準備はオッケー
大晦日 良く乗り越えて 元日に 細く長くの年越し蕎麦で
夕暮れの陽射しのような眼(まなこ)開け 最期を迎えた 元朝の犬
捨て犬よ野良犬よと言われても 私の家を守った神犬
朝露に額冷たく 愛犬の 頭を撫でた午前五時半
終夜フィラリア咳を出し終えて お前はやっと楽になれた

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小詩    四編

小詩  四編
【一人称】
粉雪 
ひとひら
私だけが
掴んだばかり
手のひらの中
温度差
一人称
【石鹸】
年末年始
大掃除で大変ですなぁ
バブルがハジケて以来
日本もクリーンに
擦らなければ
風呂が
いつも赤出汁ですぜ
旦那様
【排水管】
私の昨日の愚痴が漏れて
飛沫になって
一時はどうなることかと
思ったけれど
三寒四温の寝正月
ちょとくらいの
憂さ晴らし
流してみても
壊れないよね
【翼】
あなたの耳に
染み込ませるように
この色褪せた詩集を
朗読すると
あなたの鼓動が
高揚して
熱気に溢れ
瞳 潤い
乾いた本は
オアシスを巡り
泉から
羽ばたき飛ぶ
言葉の翼

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伝承

伝承
舞い落ちる枯れ葉のように
散りゆく花びらのように
ぬるい真昼の中に生きても
少しずつ 少しずつ
褪せていく人
忘却の底辺に押し込めた人
欠けてゆく私の命の中にも
今でも響く誰かの残声に
溢れる涙と
彩られた言葉たち
父親のてのひら
母の子守歌
友の激励は
まるで月の満ち欠けのように
細波を呼び寄せては
遠い胸の海辺に足跡を残して行く
残される孤独に命はざわめいて
鼓動が零れて
ぬるい昼間
こうしている間にも
地球から数人が消滅するが
彼らは鳴り止まない言葉を
人伝に接続させてゆく
十二時を指した時計台
授業終了のチャイムは鳴り響き
生きとし生けるものの営みを奏でて
いつしか人は棺に言葉を納める為に
静かに降りてくる夜を待つ
全ての人に終わらない歌
焼かれない肉体が最期に語る眠らない詩(うた)
退屈な真昼に
風に舞い落ちる褪せた枯れ葉が
やがて来る新芽に全て預けて
散りゆく

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小詩   二編

小詩   二編
「裏側」
文字を地球の裏側へ運び
漢字をラテン語に
すり潰す
流暢なスペルで
赤薔薇の花言葉を
語りかけるが
女は脚を組み替えて
立ち上がると
ピンヒールの下には
日本語が身動き取れずに
カタカナに救いを求めて
言葉が裏がえる
「崩壊」
箱船に乗せられなかった生き物たち
ソドムを振り返った女
リリスの入れ知恵の寿命
神の怒りに触れた巨塔
傲慢な詩人の禿びた鉛筆
折れて倒れた先に樹海
自堕落には十戒
真夜中の濡れ枕には
恋の崩壊

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