墓標に名を彫る

墓標に名を彫る
どれほど
強い自己愛だけで
詩を綴るのか
紙が腐る程の
自分が吐く息
白いはずの紙は
黒く窒息していった
汗ばんでいく人間性
教室の裏側で 翻ったままで戻らない 答案用紙
あの夏 甲子園の決勝戦で
負けて歯を食いしばりながら
自分たちの夏の残骸を拾う野球児たち
たった一度のミスから
ファール球をキャッチ出来なくて
勝敗が決まったその青年は
一生涯をかけて
自分の骨を見つめて
暮らすのだ
ひと一人 生きるということは
全体の敗戦前で発狂しながら
個人として背負わなければならない未来の過失
体感の過ちは 
頭を責め 季節を凍らせたまま 
自分への墓標に
絶えず枯れた花束を 手向けること仕向ける
苦渋は辛酸と手を繋ぎ 笑顔を磔の刑にした
人の真夜中を垣間見た 詩人が
その光景を 描写しては 破り捨てる
 (歌えない夜に 笑っていない眼)
詩人の目は
いつも自分が まだ
ギリギリ 人であるかを知るため
墓にむけて 仲間の
文字を 刻んで
泣けるか泣けないか
  (人を見て 己の底を視る)
刻め 刻め
過去から続く
傷を引っ掻くように
強く 刻め
ファール球を落として
一生笑うことが出来なかった
青年の笑顔が
浮き出るまでに
お前が背負うべき
リスクの名前たちすら ファイルにして
生きた過ちをも 道連れに
人は 現世も 幽世も 
修羅を 逝く

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海を抱く

海を抱く
あなたが こぼす一粒の海
その海の深さを私は知りたい
あなたが今 眠れないで
泣いているのではないか
赤子のように泣きじゃくる 私の男よ
不眠の闇に
あなたは 私のなきがらを
視たのではないか
暗い空から降る不安を 撒き散らしながら
私の在処を探して あなたは海を流す
 
 ここにいるわよ
 水に游がせた言葉で
 やさしさを染み込ませ 隙間をふさぐ
 追憶の果て
 あなたに幾人もの女人が手をさしのべては
 泥濘に突き落としただろうか
遠くで赤子の 夜泣きがきこえる
月のない夜
すてられた貝殻の 海鳴りのように
あなたが 私を呼ぶ
 
 波打ち際には雨に濡れたままの貝殻
 暗い空からうち捨てられた 夢
 誰もがひとりであって独りでないこと
私はそれらを拾い集めて 空へ帰す
広い 腕が欲しいのです
いつか目覚める 生まれたての
あなたを 游がせたくて
私は 両腕で 海を抱く

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香水物語

香水物語

待つことのはじまりの香の名前には少女が似合うロリータ・レンピッカ
誘惑の呪文を纏う死の眠り夜の肌からヒクノテック・プアゾン
イブが摘む林檎の形硝子瓶アダムの喉に刺さった紫
赤い毒どんな夜をも眠らせる今宵も君が私を殺す
くちづけて抱いた夜から滑り出す恋を夢見て恋に憑かれて
この夜を越えたあなたは微笑んで振り向かないでサクレをふわり
待ちわびて待つことの意味の牢獄に囚われていた二人の蝶々
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なみだが ことばに なってしまう
あなたが つぶやいた 一滴の海
そのいいわけを 海辺で さがす
あなたの 塩分が おんなの
いちばん しょっぱい所に しみる
 渇いた夜 私は貴方を 絞り続けた
 カラカラ鳴る 喉を切り裂いて
 溢れる赤い言葉を 待っていた
 受話器の向こうで さざ波が
 無言の大海を 游いだあと
 海の雫が 夜の頬に伝う
なみだが ことばに なってしまう
 残酷な仕返しで 私を水没させる声
 男と女の隙間から 零れてしまう塩水が
 海を名乗り お互いの クレバスを
 押し広げては 深みに堕ちる
(そこが最後の海溝ならば
 いつか必ず出て行かなければなりません)
なみだが・・・
 切り出せない サヨナラの 始まり
 貝の口に閉じ込めて 底から
 あぶくをひとつづつ 貴方に向かって
 ふかく 吐く
(ため息の住処に 
      コトバは居ましたか?)
思いつきしか 思いつけないくせに
思いがけない言葉が ひっかかったまま
夜の海辺で 彷徨う ふたり
 波に浚われ 夜に喰われて 
 未来のない夢 来ない朝
なみだが ことばを けしてゆく
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どこへ

どこへ
病院の食堂を占領して聞こえてくるのは
明日の仕込みや日替わり定食の在庫を数える
炊事のおばさんの障子をビリビリ破る声
「分かったの?」 「返事は?」
白い三角巾の黒い対応は繰り返され
声はスピードを上げて走り出す
けれど
食堂の最前列の窓際に黙って腰掛け
薄められた日替わり定食を食べる老夫婦の
背中に差し込む日差しのカラーは
優しい黄緑色に照らされていた
幾度も咳き込み鼻と喉にチューブの管を通された
旦那さんを介護するため片足を引きずりながらの老婦人
ご飯を小さじスプーンで一掬いすると 
咳と共に吐き飛ばされる米粒
よそ見してくれる妻を
上目遣いですまなさそうに彼女を見ながら
味噌汁を飲み干す夫
窓側の向こうを見つめ続ける婦人のかけた
眼鏡の片隅で
若き日々の二人はまだ生きている
車椅子の夫との二人三脚で歩みながら
躓いた妻の重い片足
それでも他人とは明るく振る舞おうとする声で
彼女は車椅子のグリップを
強く握ったまま押し通す
夫を乗せた車椅子の
沈黙の硬さを守り通して
(どこへ・・・いくの・・・どこかへいくんでしょ・・・?)
すれ違う知り合いの一人が
「だいぶ良くなったわね、元気だしよ!」
の 一声に
眼鏡からとうとう涙を零し
「ありがとね。ありがとね。」
という老婦人とわずかな声を振り絞って
感謝の言葉を掠れた声で届ける夫
ああ・・・二人は私の両親だ・・・。
田舎の不便な市立病院のタクシーの電話番号を
何度も婦人はかけ間違いながら
遅くやってきた黒いタクシーに
ゆっくりと重い体を折りたたんで
老夫婦は消えていった
夕暮れの陽差しに濃い影を残して
二人して どこへ・・・?
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深海魚

深海魚
潰された光の魚群
盲しいた魚の涙は
静寂に押し込められた
鱗の形
珊瑚に隠した憂いが
光にゆらめく
届かない
羨望の泉水
私の真昼は奪われ続け
動くことも海流にのる術もままならず
幻影だけが水面に浮上し
一片の残骸も遺さないまま
私の訃報が水底で渦を巻く
迷子になった
私の亡霊が
漂流して
盲目に
魂のよみがえりを繰り返す
夜明けに
憧憬の念を抱いて
迷妄の波にさらわれた
己に泣いてみても
黎明も届かない
毎日に
今日を沈めて
目を閉じる

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奴隷画家の恋

奴隷画家の恋
寂しさに 色をのせればセピア色 インク一つで終わらせた恋
黙ります 薬も飲みます だからまた 愛してください 絵じゃなく私を
なんで生まれてきたんだろう 獄中の裸婦 淋しい魂
誰一人出会わなければ深海で 眠れる盲しいた魚になれた
愛される 愛されないは 言葉遣い 金で雇った奴隷に轡
目も口も 耳も舌も塞ぎなさい 絵をかきなさい それが契約
誰も皆 花咲くように 嘘をつく 雨降るように 涙流れる
捨てられて ひび割れても まだ雨は 気が触れるまで 降れない予報
たくさんの たくさんの詩はいりません 手錠のような色インクたち
あの人に 私の言葉は通じない だから愛すら響かない日々
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少年の向日葵

少年の向日葵
焼け野原に
ひと粒 希望を植えた
今度帰ってくるときに
黒い雨を突き抜けて
太陽は咲いているだろうか
どうしても確かめたくて
ぼくのこころを 焦土に植え付けた
おんぼろ小屋や
瓦礫の合間を 潜って
廃屋のがらんどうを 越えて
真っ直ぐに見える
その黄色い希望の花は
真ん中にぎっしりと 黒い種つけては
ぼくの帰りを待っていた
(あぁ、ぼくが夢見たものは
   賑やかな子どもの笑い声と黄色い光)
回り道をしても 見える
太陽を揺るがす夏の花に
ぼくは瓦礫の街をはしゃいで走った
昭和のポケットに うずくまった
タイムカプセルの思い出は
今では
どこでも咲く六十年前の太陽の日差し
夏にニヤケて
照れくさそうに
焦げ焦げ顔で
囁く向日葵は
ぼくにだけ聞こえる声で
「ただただ、生んでくれてありがとう」と 
ひと粒
コトバのような 種を落とした
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コトノハ

コトノハ
詩人は真実味を帯びた嘘をつく
死人は嘘で舌を抜かれる
ピエロは饒舌な舌まわり
饒舌は銀なり、沈黙は金なり
何を書いても、虚構の中で
遊べや 私
狂詩人
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月齢

月齢
海が荒れている
深い底から彷彿と
なにかが躰を流れていくような
小さな月を身ごもるような
潮の渦
月の吸引力に支配されて
瞳から一粒の海が頬を伝う
女だけが孕んでいるいくつもの風と月の卵
晒らされたのは名月だけが知る裸体
胸の先尖が天に向かって赤く咲くのは
天から夜の乳呑み児がくるから
私は請われるままに授乳する
張った胸を腕で丸く包み込み
胸下のたわわな肉を揉みほぐす
月の使者を迎え入れた5日間は
躰の芯のマグマから
微熱色の母体のぬけがらが
ひたり ひたり
と散っては沈んで逝く
渦巻く流動的高ぶりは鳴り止まず
紅の激流と渇愛の濁流に
胸は揺さぶり 揺さぶられ
乾いた唇からたぎる血の悩みに
小さな情事も静寂に溶けてゆく
月の海でもう一人の私が覚醒し
裏側でもうひとりの私が死んで逝く
私の海を私は渡る
妖しい足取りで
したたかな女の顔で
歳月を重ねてゆく夜
私 月齢 1.5

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