判定

ユニットバスの水平さの隅で 
私は猫の目になる前の棒っ切れ
コンドームたちの密会を
五秒の使用と三分で決定させる 
男と女の待ち合わせ
不在の子の存在を 赤い視線で映してみせても
喜んでくれる人より、しくじった、と、棄てられる先は
コンドームと同じゴミの中
  ナプキンやタンポンより役立たず
  コンドームみたいに便利じゃない
  のに、私を欲しがる、人たちは
  絶対零度の淋しさの、いち、より、
  不安と期待の二乗、を繰り広げ
  ドラックストアーで私を連れ去る
ユニットバスのの冷たさに 抗う私の体温が
世界の不在を 二分する
放置された暗闇で 血眼になってく赤い筋
見開いたままの猫の目が
都会の茂みを 裁きつづける

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看板と表札

大都会へ行けば行くほど大きな看板がある
当たり前だよね
こんなゴミゴミした場所で 目的地のホテルに行くには
デカイ看板でもないと無理
大きなホテル程 大きな看板が名乗りをあげて
そこでイベントや授賞式やインタビューやスピーチがありまして
来賓席に座る人の椅子には 名誉の看板がぶら下がる
その代名詞にあやかりたい人が
看板をペンキで塗り立てあげたり、拝んでみたり、磨いてみせたり、
色とりどりに色鮮やかに目立って光る
ネオンが虹色に変色する街で
見上げた巨大な看板にたくさんの「我」が飛んできて
くるくる回って貼り付きたがる
人の持っていない、人より大きな、人より特殊な看板を
背負って肝心の「表札」を無くした者もいるのに
夜のうわべを飾り続ける華やかな看板
グランドホテルの看板が これからどんなにきらびやかに大きくなっても
そこに自分の名前を一生刻んで住み続けることも
親の仏壇を背負い込むこともできないのに
エライ人は看板の作り方や経緯や光具合が肩書き文字が大好きで
何処からともなく看板の 大きさめがけてやって来る
看板の真下から伸びた影の指す先に崩壊していく私の家庭
日照権すら剥奪された暗くて黒い表札たち
私の家族や本名をよんでほしいといいながら
腐った蒲鉾板のような表札が
誰にも磨かれることもなく
私の帰りを独り待つ

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神隠し

西日のツンと熱さが刺さる土の上に
父の遺骨は 埋められた
真新しい俗名の墓石は それぞれの線香の煙に巻かれながら
親族が帰るまで夕暮れの空を 独りで支えなければ 誰一人として
家に帰ることは出来なかっただろう
役所からもらうたくさんの紙に 父の名は散らばり刻まれ転がされた
間違えられた「父」や「本人」という文字は シュレッダーにかけられ殺された
名前の欠片が灰のように飛ばされながら 塵のように「父」の影だけ残していく
完成書類に捺印が押され紙切れに命を吹き込まれると
ファイルたちが「父」を平らなケースに寝かせて処理する
紙切れは死んだ父の変わりに甦り「生存給付金のおしらせ」として
父のような顔をして家にやってきた
多くの書類、封入された御仏前の抜け殻、法事の残りの熨斗紙
区役所たち死んで尚、父を管理しては紙幣で買い取り
手から手へと取り引きしながら橋渡し
   (施設も、付き合いも、契約内容も、法律も、
   (知ったもん勝ち、使ったもん勝ちなんだよ、
   (しっかり読みなよ、自治区の広報。
赤いA4ファイルの回覧が怒鳴りながら
ほとんど毎日出歩きまわる
挟み込まれた広報便りを 老眼鏡でも読めない母が
広報に丸め込まれて潰される
重要箇所の小文字の隙間 煙に巻かれて挟まれて
神隠しにでもあったのか 母が回覧板を持ったまま
出て行ったきり 家にも帰って来やしない

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使い捨てカメラ

想いを切り刻んで 記憶は泣く
スマートホンもデジタルカメラも 人の目に映らなかった頃
思い出を自販機で買い取った彼女の空は
空白のまま歳月を渡る
数年前傍にいたはずの笑顔は カラカラに干からびて
空へ昇っていった
(そんなにも性急に誰と瞬間を接続させたかったのだろう)
データに残らない【 写るんです】が、
枕の上で仰向けになったまま レンズで西日を追っている
その場かぎりの衝動を はした金で買われながら
文明の利器に 流され、流され、利用され、
簡単に 消耗されてきた女
白内障の眼が捉えているのは
青臭い映像の中の春の陽射し
光が眩しすぎると、陰は濃くなるものだ、
誰にともなく 呟くと
母は自分の世界に 瞼を閉じた

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けむる、浄化

ナニ、か、腐った臭いが立ち込める部屋で、老女が横たわっている。毎日堆く詰まれていくソレらに、埋もれて隠れたモノ。老女が自分の背中のジョクソウと、タオルケットとの間に挟み込んだモノ、が生きたまま腐ってゆく。
仏壇の前で吐き出され押し潰されたティシュが、丸み込んだ独り言をナイロン袋に一つずつ詰め込んで、口元を縛り上げて声を密封する、それが私の役割。今日も愚痴をこぼしたと指先に絡みつくヨダレがニィーと垂れて、私は真ん中から押し殺した叫び声や呻き声を取り出しては、ナイロン袋に詰めて静かにさせる。
光りの射さない仏間と客間を仕切る一枚の白い襖、その溝口から滔滔と流れ出す河で、老女は毎日頭を洗っていた。たくさんんの淡い虹色をした映像や透けるようなセピア色の写真が、流されていき白紙に戻る。消滅していく写真の人物は泡のように弾けながら、蚊取り線香の火が消えていく温度の熱さと速度、命を静かに殺して燻る煙の曖昧さにも似て。
客間から手を伸ばせば届く背中をむけたままの女、彼女のカタチが私の母であろうとする姿に変わりはなく、当の昔に張り巡らされたしつけ糸たちは私の手足を所有し、結び目を何箇所も設えていた。
(いつまでも母でいたい女、でなければ自尊心も生きる価値も見出せない女。「お前は私の背負う十字架だ」と悲しそうな眼で、私を見下し私を蔑み、私を嘲り私を見下ろす女。母であり祖母であり、姑にまでなろうとする女。そして今夜もおそらく河で頭を洗うであろう、鉛色の六角形鉛筆の芯の眼をした女。
私はいつまでたってもひとりで一つの向日葵を咲かせることが出来ない。ここが駄目、あそこが違う、雄弁な叱責は、伸ばそうとした足先をスコップで根こそぎ切り刻み、掘り返され、私は項垂れたまま枯れるしかなかった。
俯いた顔から黒い「かなしみ」を落としても、発芽することなく鋭利な母の息吹に凍て付き根絶やしにされた。干からび萎びた私は、晩夏の太陽に見世物にされ干されたまま腐ってゆく。
今夜、仕切り襖の溝に、流れる河へ飛び込もう 。
明日は確か燃えるゴミの日。青いナイロン袋にくるまれた、白いティシュ、黄ばんだ指先三百六十五本×2と、金切り声や愚痴った後のヨダレたち、そして私のようなアタシ、流れ着きましたか、お母さん。
ナニか腐った臭いが立ち込める部屋で老女がジョクソウとタオルケットの間に忍ばせた枯れた向日葵とナイロン袋、それらを枕元に飾ると安心したように私の名を呼ぶ。
私は今夜も母の頭の中で、まき戻されては、綺麗に再生されてゆく。

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It格差。

パソコンのシステム用語の七並べ これ読めますか これ読めますか
独りでも楽しみ方なら知ってます不正アプリの読書コーナー
ネットすら関係なしに生きてます母の身元は世界でシェア
あなたの保険証売ってますスマートフォンの検索エンジン
父が死に葬儀屋ギフト屋駆けつけて四十九日に表札屋がきて
ツィッターお馴染みさんがひとりごと 呟いたなら直ぐお気に入り
誰も喋らない山手線の昼間に乗り込むスマートフォン
マルウェアがシカクになって入り込む大枚叩いて滅んだパソコン
IDで管理される私たち 名前で呼んで名前を呼んで
ガラケーのメール送信出来ぬ母みて高校生が(笑)を送信
かくれんぼオフィス街の地下に鬼 路地裏にも目隠しがない
今日のあなたを同期する くるくるまわって同調意識
見つけたものを独り占めに出来ない共有はいつの間にかの今日の優越
パソコンのIを叩く指一つ デリートされる愛と愛
データが消えてしまえば泣く人と喜ぶ人の喋る写真
筒抜けです タダ漏れです ウィルスないのに裸の王様

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暮らし

手垢にまみれたコトバたちを 洗濯機に放り投げて洗い流す
駅前で叫んでいた主義主張たちを アイスノンにして頭で溶かす
空っぽの冷蔵庫から 私が居そうな卵を見受けて目玉焼きにする
フライパンから世界を覗き見すると また油にまみれ濁りが取れない
自分のかいた汗と涙の責任を シャワーの前でひざまつき懺悔しても
枕はリアルな夢しか語らない
時計の針は心臓をどんどん突き刺しながら 暗闇で零れる赤を撒き散らし
空の光は雄たけびをあげ続け 煩悩を数にして朝を呼ぶ
抜け殻になって脱皮した自分の皮を 朝一番でゴミ袋に詰め
炊飯ジャーから 眠気と食い気と色気をかき混ぜて五臓六腑に流し込むと
白い靴が黒い靴になるまででていけ、とアパートから不在証明を言い渡される

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屋根裏部屋で「し」を作る

お腹から卵を一つ取り出して 私は一つの「し」をつくる
月に向かって 卵を放り投げておくと
月は空で泪目になるころ 「し」をこぼす
私は卵を産むために 屋根裏部屋で猫とじゃれ合い
卵を夜空に投げて月で割ると「し」ができる、という
仕組みを覚えてしまうと 遊ぶことに夢中になって
猫が愛しくてたまらない
    ニャアニャアニャア、と啼けば啼くほど
    正比例していく卵の中身の成熟さ。
    猫は真っ赤な瞳を凝らして私を見ている。
    まるで生贄にされたのは
    卵なのか自分なのか、というように。
                ※
私はこの猫を屋根裏でしか飼えないように飼育した
始めは独りに戻りたいと おかっぱ頭の影を懐かしみ 
白い昼に憧れて いつも、もじもじしていたが
夜になると猫は猫らしく長い爪をニョキッと、出して 
私が卵を産むあたりを おし広げてはくすぐり続け
私がニャアニャアニャア、と啼けば遊びに夢中になって
卵を産めと ゆすぶり、せかす
                 ※
屋根裏部屋の鍵は猫がさしこむ、私はそれを上手にまわす、
扉は赤い両目から開かれる、そして黄色い卵が空に昇るとき
私たちがついた「嘘」を「月」で割る
あの夜空の月が私と猫がつくりあげた、「し」だとは知らない人々は
月に向かって 詩を作る
        ※文芸誌「狼」25号   掲載作品

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たたき売り

ぶちのめしていい権利は ATMでおろせると
近くの女が言いました
働けないなら罵声に耐えろと
女に頭の上がらない男が母子に言いました
お金が稼げないやつに
意見を言う資格はないのだと
背広の黄色い財布が 鼻先で笑っています
  私は一つのバナナです
  世界は小さな籠の中
  バナナより、みんなメロンの言うことに従い
  メロンたちは大きさ重さを競います
  品定めはお客様、
  では ない時代
  果物屋の店長は
  唾を飛ばして ハリセンで
  大声あげて 私をたたく
  うまい口車に乗せられて
  黄色いバナナ何処へいく
ぶちのめしていい権利は ATMでおろせると
知らない街の主婦までも
財布に向かって 語りだす

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藪の中

蛇口から蛇が出てきて排水溝に逃げていったと
主婦が言い出した。蛇はきっとコブラにちがいな
いと生物学者とプロレスラーが同時に口にした。
コブラなら猛毒対処に、と叫んで立ち上がったの
は保健所で、ニシキヘビなら動物園へと駆けつけ
たのは園長先生だった。排水溝から下水道を抜けて
全員一体となって巨大な猛毒を含んだ稀有なニシキ
ヘビの捕獲プロジェクトが地域一帯に広まり続け
やがては「蛇口から大毒蛇注意」のニュースやら、
「捕獲料百万円」という賞金首までかける始末。
そんな太陽を掴むような話を鎌首もたげて眺めて
いたのは梁の上の青大将。
太陽の国は眩しい上に、目まぐるしいと、藪の中に
消えてゆく。

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