夢の位置

ぼくの記憶の螺旋の、森
その先に蔦の茂った廃屋がある
寂れた椅子に 小雨が降りつづけ、
緑は天を刺す、あるいは、地に従属する
苔生した兵士たちは歩みを止めることもなく
繁茂するシダ植物がぼくの記憶を準えていく
水は胞子に溶けて ぼくの耳を侵食する
森はうずまく心音を刻み、ふるえる、
ぼくの、耳朶、と、ぼくの、ナニ、か、
頭上で鳥が薄い殻をコツリ、と つつくと
落下したヒナが、ぼくのボタンをつつく
ぼくは破れる
胸のボタンから綻びがはじまりながれだす声
(このボタンを縫い付けてあげるから学校へ、
椅子が一つ、消える
(ここにもう一人いた人は一体どこへ行って、
ぼくは踝を蔦の蔓に囚われたまま
聞こえるはずのない、海の音をきいて泣く

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圧力鍋

圧力鍋の中で椅子取りゲームが行われていた。
「誰もその椅子に座りたいのだ」と言い出したのは
課長補佐だった。
「トレンドとブレンド間違えちゃいけないよ」と笑ったのは
有閑マダム。
三ツ星だか四ツ星だか五ツ星が、並んで流れる店のシェフに
「おいしいものを作ってちょうだい」と、命令したのは
女営業部長。
予習復習を済ませた子供たちは、ナイフとフォークを
光らせながら、夕食を待った。

けれど、
椅子は一つ。
一人しか着席できないディナータイム。
圧力鍋の中には椅子は一つしかないのだ。
おそらく御馳走も、一人分しかない。
一流シェフは主流の料理を一流食材で作ったし、
時間には十分間に合ったのに、誰も椅子には座っていない。
贅沢を極めた料理を「好き」とも「欲しい」とも言うことなく
ゲームに疲れた全員が干からびた声をあげて
「水をくれ」と掠れた声で叫び続けた。

鍋は、
圧力鍋は、倒れた人間を食材にして
また、新しいゲームのレシピを考える。

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五月病

ゆれる、ゆれ、たちあがる、あわい、影に、
くるまれた、ままの、「わたし」の、身体は
ゆびさき、から受粉して 髪は緑にながれる
血が赤いという現実を、見捨てて、
血が赤かったという迷信を芽吹かせたのは、
「わたし」。
朝の倦怠を皿の上に飾って ナイフで切ると
昼の退屈を フォークで突き刺す
夕暮れは酷く、泣いてくれると言い聞かせて。
夢遊病者の夢が 星を渡っていく
蝕まれた森を 振り返る者たちは
必ず、守り人に尋ねる言葉がある
(あれは、誰が隠した包帯ですか?
鼓膜も網膜も剝がされていった「わたし」に
その、答えが 見つかるはずもなく
季節は 余白だらけで 今日も やさしい。

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母の頬を打つ
鋭い音が私の底に弾けて沈む
窓から漏れる灯が全て真っ赤に爆ぜる
影絵が暴れ出す
玄関口を喪服の村人がぞろぞろ出て行く
四角いお供え物に母の骨を携えて
母の頬を打つ音が隣の家に着火し
老夫婦はもう家に帰れなくなった
また、喪服の村人がぞろぞろと夜の玄関先渡って行く
四角いお供え物から、ピシャリ、という音が聞こえないように
大きな風呂敷袋にぐるぐる巻きにされた、その箱の底から血が滴っている
─あれが生首です。
影絵の物語はいつもそんな風に幕を閉じた
                ※
   私が赤ちゃんを叩き殺した理由ですか
   私わたしが赦せなかったのです。私は母からすれば良い子ではなかった。
    昔から母によく叩かれた。だから私はわたしが子供を産んだら良い子になる
    ように赤ちゃんの頃から叩いて育てようとしたんです。悪いことが出来ないよ
    うに。一つ叩いても泣きやまない。二つ叩いても泣きやまない。赤く膨れて
   泣きやまない可愛そうな私の・・・「私」、え、何か言いましたか?今、何か
   大切な・・、え、ノイローゼ?はい。そうでした。でも、ノイローゼって何で
   すか?
   ─赤ちゃんを叩くと喚くんです。私も痛かったのに、私も叩かれたのに、どう
   して私はそんな幼子を殺さなければならなかったのかしら・・・。あんなにも、
    助けて!って泣いていたのに。誰が、泣いていたのかしら?おかしいわね・・。
    本当に・・・。オカシイ?
    眠れないんです。え、目が覚めてないだけですって?じゃあ・・これは夢?
    本当に・・・?
   そう、夢だったの、ね、夢・・・。ああ、怖い夢・・・!
   ほんとうに、ホントウニ・・・?
   
              ※
ピシャリ、
玄関を閉めきった家に炎が住む
母の頬を打つ子の影と赤子を殺める母の手が燃えている
村人は炎を光と間違えて、灯を求めてやってくる
「飛んで火にいる夏の虫」とは、どちらが先に言ったのだろう/逝ったのだろう
              ※
あの家には鰯の頭も、無かったのかねえ・・・。
私の焼死体を見ながら通り過ぎるランドセルに手を繋ぐ母親
                      /鬼は、 外。
            ※
ピシャリ、
鋭い牙をした思い出が死んだ私の腸から出てきた
(お母さん、ごめんなさい、ごめんなさい!
(もっと、ちゃんと、甘えたかったのに・・・!
(オカアサン!!
    
                      /鬼は、、、「 」。

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かぞえる

珠を数えている。
腕に通された木目の珠を。
祖母が亡くなったとき 
父が握っていた大粒の珠を、
父が四角い小さな石塔になったとき 
母の手首に引っ掛かった数珠の珠を、
数えている。
目が開いた時から数えていたのか、
数字というものを覚えたから数え始めたのか、 
わからない。
なのに、
随分と前から数えることがやめられなかった私。
数えている。
生きるために数えているのか、
死に切るために数えているのか、
長い夢の歳月の裾、
その、衣擦れが過ぎ去り
私の髪は白髪になり抜け落ち
骨と皮と皺の隙間から
数珠がするり、と落ちてしまう迄には
私は薄暗い朝を迎えて又、数珠玉を指でひとつぶ、掴む。
私のいち、は どこにあったのだろう。
ひとつぶの珠を掴んでは放ち 掴んでは放ち
その、サイクルから逃れられない人生でした。
今の、いち、も持たないまま
数える意味も知らずわからず
心は 狂気と歓喜に踊らされ
私の分身たちが
私の記憶を覗き込んでは
掻き回し 過ぎ去っていく。
気が付けば
もう、
彼岸過ぎ迄── ──。

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足並み

 私はカルピスのいちごオーレの底にたまった沈殿物。
五百ミリリットル入っていても果汁は一パーセントにも満たない。
濃いピンクのふりをしても、先生たちは私のことを講堂に響く大きな声で、赤点、ギリギリだったという。そういうことは“だいたい”で、いいらしい。
 私の個人情報が薄汚い口髭の男から、交流会館のキレイな受付嬢に銀行振込をされていく。“だいたい”の、料金で。
 赤いベストの黒い丸渕眼鏡のおじさんは封筒を大事に抱えてNPO法人行きの切符を窓口で買う。行先は白く一人。帰りは黒く独り。もう乗客席に座る足も、持たないままで。
 私が得体のしれない沈殿物だった頃は珍しがっていたのに私が赤点ギリギリと分かったら、みんなそっぽを向いていたくせに、私のIDを知った途端に手を叩く人と、水をかける人。
 「地域はそういう仕組みになっている。」ということを教えてくれた人は独り、黒い箱に入れられたまま、口を開くことはなかった。
                 

──と、いうことで総会は開かれた。理由もなく会議には老人が選ばれた。
おせんべいも割れない歯で、するめをしゃぶるだけの舌で、一体どんな話し合いをしたのだろう。
知らない町の交流会館で、そんなつぶやきを書いている、私に、よく似た私を見たよ。
故郷は竹藪の中に消えたのに、そこが私の赤点の出発点だったなんてことは、交流会に参加できなくて、会議室の隅の暗室に詰め込まれた寂れた椅子が知っている。
(座る人もいなくなったら椅子って誰が呼んでくれるの?
竹藪の中に放り込まれた木造椅子も、そういったら壊れていったのに。
 会議室はハクネツしているみたいで、喉をカラカラにしたペットボトルたちが並んでは、すごい速さで捨てられていく。
 沈殿物が覗いていた穴が、巨大になっていることにも気がづけないまま、会議室が暗室になる日、足並みは、途絶えた。

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母になれないこのままで

母になれないこのままで
あなたに名前を名付けたい
あなたは黒い目玉を輝かせ
きょとんと笑ってくれるでしょうか
母のになれないこのままで
あなたを産んだといってみたい
海のなかに潮が満ち
あこや貝が真珠を一粒育てたと
母になれないこのままで
あなたと手をつないだと微笑みたい
握りこぶしがつかんだ風景
風吹く街で横断歩道を渡ったと
(おかあさん)
それは空から降ってきて
私のお腹を通りすぎ、
海に還っていく星の瞬きほどの、、、
           (おかあさん)
母になれない身体のままで
脈打つ、やさしい赤
幸せを掴んだ見えない手のひら
母になれない子のままで
私は宇宙の子供の母になる

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黒い手袋

トイレで赤い卵を流したあと冷蔵庫から野菜ジュースを取り出そうとして
玉子を床に二つ落として割れてしまった。かろうじて玉子の形をとどめた
まま中身は放り出されなかったので、フライパンで割れた玉子を溶かして
目玉焼きにした。黒いフライパンの底から二つの目玉が私を睨んでトイレ
で、さっき流した卵たちについて意見する。煩いので黒コショウピリピリ
に撒いて黙らせて、白米お茶碗一杯分と一緒に平らげてやった。
              ※
お腹の中で、私のお腹をすかして見ている目玉焼の目玉たちが、私の頭の中を
キョロキョロと見渡し頭部から、黒い手袋を見つけ出して、ニヤニヤした目を
向ける。それは粉雪の舞う日に、遠い町のコンビニの前の、排水溝から地上に
向かって三本の指を立てている、婦人用の真新しい手袋だった。その日限りの
寒さを凌ぐ為にデートか何かの用足しに見栄えの張った少し高級な手袋の片手
は、もう除雪車に泥をかけられその場限りの使用品で購入されたものだと一目
でわかった。コンビニを出ていくサラリーマンが、知らずにその手袋を踏みつ
けると雪が手袋ごと凍結したせいか、滑って転倒しそうになる。次にヒールの
女性の踵が排水溝の囲いの網の目に挟まって、蹴躓いて倒れこむ。
黒い手袋は誰かを待っている。誰でもいいのかもしれないし、黒い手袋のもう
片割れかもしれない。
けれど、安易に買われて冷たい外景に放り出された「かなしみ」は尖ったまま
突き刺さって地下へと、人間の足首を掴んで、引きずりこもうと容赦はない。
「にくしみ」は吹き叫ぶ。「かなしみ」突き刺さる。凍える吹雪の中を白い
風景に揉みくちゃにされながら、黒い手袋の周りに渦を巻くその黒い怒りは
一層際立って、私を見据えて私を燃やそうとしていた。
                ※
トイレで赤い卵を二つ、割って流してきた。冷蔵庫の扉を開いたら、突然割れた
二つの玉子。目玉焼きにして黒コショウで焼き上げたのに、口から私の身体の、
どこかに埋もれてゆく。あの遠い駅で黒い手袋を見つけた私の頭にのぼる目玉。
私は体の下腹部をさすり素手で言い聞かせる。
             /もう、メタファーで動く生活だけはしたくない。

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魔女

(ソンナコト、イウ、ミサチャン、ナンカ、キライ。
ふたりは同じ薄ピンクのフレアースカートとツインテールの幼稚園児
ミサに、少女は拒絶の言葉を投げつける、と
ミサは酷く優しい顔をして、とても悲しい口調で少女を抱き寄せる
(アナタガ、ソンナコト、イウノハ、魔女ノ魔法ニ、カカッタカラデスネ。
手を引っ張って抱き寄せて、抱きしめて、抱きしめて、抱きしめて、
(カワイソウナ、女の子、デスネ。
耳元で言い包めた言葉が脳も身体も引き寄せて溶かし始めて包めとり
彼女の凍れる炎を、胸元の体温で出来た小さな松明で燃やしていく
   
    その呪文、その遊び、その血を秘めた、ミサ
    同じ服装、同じ髪型、けれど、
    キライをスキに変えてしまう呪文がつかえる、ミサ
    その妖しさは女だけが引き継ぎ、独占してきた魅了の悪戯
少女とミサは手を繋いで帰って行く
ミサの足元から伸びた影は狭い路地で もう、この街中に溶けて流れ出した
               ※
夜の街に女たちは大通りに隠れた狭い路地で 煙草に火を灯す
女のにおいを消しながら魔女に必要な炎を片手にかざして笑う
今夜生贄になる男を 吸殻一本にするために
青白く細く長い、指から、靄を独り、遊ばせながら
その、ケムリの行く末を 
弔いの唄に、換えるために

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白紙の回答 ーあなたへー

生きながらえて帰れば 非国民と呼ばれ
生きていたら 厄介者扱いされ
息をしていたら 珍しがられ
長生きをし過ぎると
見なくていいものまで見えてしまう
あなたの青春は何色でしたか
ホタルノヒカリはまだ覚えていますか
過ぎ去っていく者たち、立ち止まる者たちの光と影を
胸に乱反射させ
送り出してきたあなたの、途上に一篇の詩
桜の花の咲くころに
花びらの色を指で触れながら
約束された惜春の甘さを
振り返る
夜、ひらかれた扉に立ち
光が差し込む窓辺から
放たれる、あなたは
透明なコトバになった紙飛行機
身軽になったあなたは 
桜、舞散る空を 
白紙の回答用紙になって
風に呼ばれるままに 飛んでゆく

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