名無し山

名無し山
その山に名はない
ただロープウェイを使わなければ
山頂には登れないらしい
私は麓まで居眠りをしながらバスに揺られ
終点のバス停から近くの
ロープウェイ乗り場で切符を買った
天候は妖しくなり
濃霧が頭と目を白濁させて気が遠くなる
ロープウェイに吊された赤いゴンドラは
しつらえられた柩のように私に用意され
時折迫る強風に曝されては揺れた
標高が高くなるにつれ酸素は薄まり
山頂の公園に着いた時にはすっかり
体温を奪われた
そこには巨大な蝋燭の形をした石塔がひとつ
誰かが何かを刻んであった
高名な僧侶が書いた梵字だったか
定かではない
霧は晴れないのか…
私は山頂で消えたり現れたりする人影を追ううちに
ゴンドラに帰る術を失った
なぜこの山に登って来てしまったんだろう
自問自答を繰り返す私に
どこからか幼い子供の声が降ってきた
「お姉ちゃん 僕に名前(いのち)をちょうだい。そうしたらこの山を崩してあげるから…」
その山は今はない
ただ割れた境目から
溶岩が血の塊のように
どろり どろりと
うなり声をあげるように
溢れ続けた

詩と思想11月号入選作品

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