左手からオアシス

魂が彼女の肉体を超えているのに
なぜ人は彼女の囲いばかり 目にして嗤うのか
動かない右手に握り拳を置いて 左手で書いた文字より黒いのは
右手がやすやすと動く人たちの、コトバ
自由とはとても高みにある悦びと同じくらいの不確かな不安だと、
空に消えいく白い鳥のような覚悟を あなたは羽ばたかせる
あなたを子供に向き合わせたもの
昭和の赤いチューリップ、かごめかごめの籠の鳥、うつむく子供や
古びたギター音、黄ばんだピックを持った男の背中や唇
車椅子の上はいつも晴れ渡って 寂しい自由が乗せられているのに
あなたの頭を叩く人、あなたの頭を押さえる人、
生活指導者が考える献立をあなたの頭にかける人、
あなたの夢は 空に放った白い鳥
異国に生命革命の卵を降らせ 新大陸の国旗に花火模様を描かせては
その爆音で人々を 眠りから揺さぶり覚ます
車椅子にみどりの言葉は、芽吹き、息吹き、育ち、
大河の瀑布に迸る水たちは かたくなな石頭たちを丸く削る
あなたは昼間に笑って 覚めない夢を描きつづけてく
その先に、オアシス。
「オアシスよ、と呼びかけて、オアシスは振り返る」
今、空に消えた白い鳥は甦り、どこまでも大空を駆け上がる
※「詩劇・洪水伝説・稽古編にて、朗読したもの」
詩人H.Tに。

カテゴリー: 02_詩 | コメントする

天花粉の丸い小箱にはいっていたのは
祖母や母が立ち切狭で廃品回収に出す前に
切り取った釦
鼈甲仕立ての高価なものもあれば
校章入りの錆びた金釦や
普段使いのプラスチック釦
そして
焦げて曲ってしまった玉虫色の婦人服の釦
けれど 
三つとして同じ種類のものはなかった
少し埃立つ畳の部屋へと斜陽が、
僅かな障子の隙間を潜って私と手のひらの上にある釦を射る。
厚地のコートについてたであろう変色した重々しい大きな釦、
その穴を庭先に向けて内から覗いてみる。
この家に嫁いできて、主や子供たちの釦を、
そっと切り取ってここに残してきた女たち。
いつか、役に立ちたいと思いながら、
消えていった女たちの、俯いた顔が縁側に浮かぶ。
   胸の釦に通された針と糸の行方
   固く留められていた結び目と糸の解れ
   転がっていった釦たち
   要らなくなった釦たち
どれ一つとして同じものがないボタンホールが見せた景色
断ち切らねばならなかったもの。
その隙間を埋める術もなく、こぼれおちていったもの。
先立たれた者や失った者の声や骨を拾い集めるように、
私もまた、誰かの釦を見つけては、自分の小箱に入れて、蓋を閉めるのか。
座り込んでいた時間が
縫われるよう覆われて
陽射しはどんどん弱くなり
あやふやな手つきの中で
釦が一つ、転げて落ちる
   ※第27回 伊東静雄賞 佳作作品

カテゴリー: 02_詩 | コメントする

時代/足元

御神輿は
おまえは今日から御神輿様だ!
言われる腕たちに
嗤われるのを知っていますが
担がれてるように
振舞うのが
お神輿様の役目です。
      ※
御神輿様、お神輿様、
ワッショイ!ワッショイ!されながら
御神輿様のように 振舞って
自分で御神輿になれないけど、
でも、とりあえず、
ワッショイ!ワッショイ!振舞って
ワッショイ!ワッショイ!賑やかで
(もしかしたら、御輿様かも! と、
思ったら、途端に、
ワッショーーーイ!
      ※
で、
終わるだけの、宴。

カテゴリー: 02_詩 | コメントする

シュレッダー

それは恋文でしたか
長く綴られた美しい文字でも
過去形になると
住所も名前も内容も
要らなくなってしまうのですね
中古屋で買ったシュレッダーに
「アパート」という文字を半分消されて
私は居場所を失いました
一緒に写した写真も 色褪せて
一度、弾けた花は バラバラです
シュレッダーを脆い壁に嚙り付かせ
粉砕していく部屋が おもい、のか
消し済みになるはずの「部屋」の代わりに
彼が その牙を折りました
(注意書き・四分以上続けて使わないでください)
   買った当時、あなたは面白がって
   吐き捨てた紙の文字たちは
   それぞれ遺言を喋っていたのに
   あなたは耳のない子供になって
   嗤いながら なにもかも抹殺していった
(注意書き・紙屑が詰まったら一時的に逆回転で)
   逆立ちしても見えない「しあわせを」を
   嚙み砕くことが出来ずにいる オンボロ機械
   部屋の角に牙を立ててアパートを半分だけ消して
   何かに引っかかった 消耗品
   ポッカリ空いた穴から
   セピアに寄り添う私たちのクズばかりが
   舞い上がる
         ※
(壊れ物につき、取り扱い・・・、 /注意)

カテゴリー: 02_詩 | コメントする

手紙

私をあまり怒らせないでくれないか
おとなしく愛の詩集を手にするときに
透き通る言葉を考えようとするときに
人の郵便物を盗み見る者たちよ
その手紙には父の遺言が
その手紙には母の筆跡が
私宛に届く予定
封筒の鍵を抉じ開けた者たちよ
私をあまり怒らせないでくれないか
人が組織になったとき
そこに、家は無く、居場所無く、
闇雲に戦場が広がるだけ
弱者を叩き
弱者の声をねじ伏せ
弱者を更に弱者足らしめようとする
矮小な町の村長様、局長様
お偉方のあなた様方が
小娘宛の手紙一つが気になるなんて
両親の想いを踏みにじるだなんて
人の親ともあろう方々
人の親にもなろう方々
人が組織になる前に
人が組織になった時
どうか私をこれ以上
怒らせないでくれないか

カテゴリー: 02_詩 | コメントする

白猫語り

母猫が事故死して母乳の味を覚えることなく、
共に産まれた兄妹が運ばれた行方も知らず、
ただ何となく頭を撫でてくれる手を信じて、
呼びかけてくれる瞳の輝きに返事して、
春はご主人様たちとよく眠り、
夏に目覚め、秋には遊び、
冬に外の景色をじっと眺める。
そんな日々の中で、
一人いなくなり、二人いなくなり、
長生きすればするほど優しい手のひらたちの
温度が失われていくのに、
アタシだけ、白く、生き残りました。
明日、雪遊びに行きます。
白く埋もれて眠る毛のささくれた猫を見たら
踏みつぶさないで「よく頑張ったね」って、
ひとこと声を被せてください。
        ※
(独りでも天国に行けそうな気がします)
            ※ 前橋「猫フェス」用に書いたもの。

カテゴリー: 02_詩 | コメントする

ヒルコ

(狼娘のお宿は何処だ
   それは夜ともなく昼ともなく 無差別に
   数多の男と交わった女の 落とし種
   種に理念なく伸びゆく手足なく目もなく耳もなく
   思いついたことを叫ぶしかない口があるだけ
(狼娘のお宿は何処だ
   男を千人切りした女の孤児なんやからな、
   あれが色情の業の姿というもんや。
   何、放っておいたら、直ぐ死ぬわ、
   あんな見た目も丸阿呆、叫ぶしかない奇形の児。
   それにな、昨日もヒルコがまた叫びよったやないか、
   【この村な、この村なァ、もうすぐしたら、なくなってしまうどぉ】
(狼娘のお宿は此処だ
   ヒルコ、なんか気持ち悪いわ、もう、殺(や)ってしまえや。
   不吉なことばっかりいいよる忌み児やし、
   村かって若いもん居らんのに、余裕かってないし、
   もう、ヒルコ、要らんやろ、役に立てへん児やし、
   わからんよう、殺(や)ってしまえや。
   ヒルコが居ること自体、村の恥よってに・・・。
(狼娘のお宿は此処だ
   せや、ヒルコは村のこと悪う言いよるでな、
   もう、見せしめや。ヒルコが居らんようになっても、
   ウチら、いっこうに、かまわんしな。
   こんなんどやろ、海の神さんの「人身御供」ちゅうんは・・・。
   それ、ええわ、ヒルコは役立つ、村の英雄で死ねるんや、
   役立たずが、役に立つ時がきたでな、じゃあコレで
   よろしゅう、頼んます
                 ※
縛られたまま海に放り投げられ、重石で沈められたヒルコの口から
何かが飛び出した、という噂も失せて、千の昼と夜が巡り終えると、
村は大津波の口から、すっぽりと腹の中へと、しまわれていった。
(狼娘は、お宿の中だ  
   

カテゴリー: 02_詩 | コメントする

鍵のかかる部屋

西日の射す部屋で
裾に黒い炭を付けたレースカーテン
輝きながら汚されていくことを思う
私は寂しい
ベッドの位置から進むことも退くこともできず
手のひらに収まる程の空気の厚みにすら押し潰されそうになる
時が頭の中を切り刻み 身体は痙攣している
数時間前の蛇同士の絞死刑の痕の嬌声
あ、の音をコップの水では飲み干せないまま
動けない四肢から床に深く埋葬されていく
あとからきてあとかたもなく過ぎ去っていくものの名を
片づけられないまま天井に答えを探す
(音の鳴るものは悲しいです。
(ケイタイとかスマホとか扉とかロックされて終わる声とか。
蝋燭の炎がゆっくりと立ち上がり揺れながら燃えていった
内側からも外側からも鍵は差し込まれ続けた
開かせてすべて暴くために指は鍵穴を回し続ける、
あ、の音。
クーラーの微風にも耐えていたレースカーテンの黒い秘密に
指が触れた
誰にも言ったことのないコトバを発し続けると
西日は視線を細めて一心に熱を浴びせた
黒かったものを白かったように言い訳して目を閉じる
私は開かれたままロックされた
成婚の痕が蝋燭の炎に炙り出される
鍵のかかる部屋に
   雌雄の区別のつかない蛇の抜け殻二つ
   燃え尽きて歪なだけの蝋燭の蝋
   腐って苦い水になった林檎
夜の扉を開いて 私は月に鍵を差し込む
カーテンで空は遮られると
あなたの指が 今夜もまた
壊れた林檎のカタチをなぞる

カテゴリー: 02_詩 | コメントする

東京

乳の出なくなった母豚が 
子豚を育ててくれるという、 
やさしいニンゲンに預けた
彼らは 何もできない痩せた子豚を
段ボールの中で育てた
しかし 相変わらず豚は、豚
ただ 闇雲に食べるしか能がない、豚
段ボールが破裂しても 
豚はまだまだ食べ続けた
ニンゲンは 予定通り
豚を殺して何日もかけて食べた
乳の出なくなった母豚は 
子豚が闘牛になるような夢を描きながら
暗い 豚小屋に横たわり 
豆電球の明かりのような 希望を灯した
   

カテゴリー: 02_詩 | コメントする

月曜日の人

月曜日に来た人は とても穏やかな顔をして
私の頭を撫でてくれました
月曜日に来た人は 火曜日には火遊びの仕方を
私に教えてくれました
月曜日に来た人は 水曜日私の小言を片付けて
流し台から捨てました
月曜日に来た人は 木曜日自分の生い立ちを
初めて私に語ってくれて
金曜日 「仕事もないし金もない」と告げると
私の前から消えました
月曜日に来た人が 土曜日に土に還ったと噂が流れ
私は日曜日に はじめて独り休暇をとりました
 
  (何という名前の人か、どんな生活を二人でしたか、
  (もう、思い出せないけれど。
月曜日に来た人は 遺書を遺しておりました
  (君もまた、月曜日に生まれて 日曜日に迎えられる)、と。
一本道みたいな たった一行、
当てのない行き止まりを 私に遺して逝きました

カテゴリー: 02_詩 | コメントする