希望

「希望」が足りないね、と小さくレジで笑われた。
小銭の中には 絶望がびっしり入っていたので
安心していたのに、「希望」が足りないせいで今日
もごはんが買えない。
 てっとり早く生きるために、神社に行って拝ん
でみると、感謝箱が現れた。その中から「希望」
のようなものの匂いが立ち込めるので賽銭泥棒を
してみたが、小銭入れの中に増えたのは、罪悪感
だった。
 神主は私を見ると罪悪尽忠の凡夫だと警察に突
き出した。警察は、私の持っている小銭入れを確
かめると、ニヤニヤ笑いながら棒で殴り、黒い手
袋で口を塞いだ。
 次の日、テレビは嬉しそうに喋り続ける。
【たった今、絶望を一人、駆除致しました。】
【これで少しは「希望」が持てますね】

 その後「希望」は選挙活動を始め、拡声器片手に
スローガンを打ち立てる。
【絶望が少年少女を殺します。こんな世の中にこそ、
「希望」のひかりを!】
【「希望」、「希望」、「希望」に清き一票を!】
 レジのおばちゃんは、拍手した。神主さんは、握
手した。警察は深く敬礼し、神主さんと手をつなぐ。
「希望」がテレビの前で、神社参拝を始めると、そ
の白い手で、私の折りたたまれた感謝箱に小銭を投
げては、笑顔で鈴を響かせる。

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その井戸

夜、仏間でおつとめが終わり最後の合掌を済ますと、決まって
庭の古井戸から、ぽちゃり、と何かが落ちて、沈んでいく音が
する。         
               ※
私の中に井戸ができた。悲しいことがあるとそこに、
〈 〉を投げ込んだ。深い井戸だし、水もたっぷりあ
るように見えた。その証拠に井戸から続く蛇口をひね
ると、井戸に投げ込んだ〈 〉からは〈 〉とは思え
ないような浄化された湧き水が飲めた。私の他に井戸
を持っている人がいなかった。みんなが持っているの
は、ため池だったので、日照りが続くと水がなくなり、
村人は、池に自分が捨てたものが見つかるのを恐れて、
私の水を分けてくれるよう、手を合わせて懇願した。
はじめは私だけ井戸を持っていることが気持悪いと言
っていたくせに、みんなにはため池がないと生きては
いけないらしい。私は井戸から〈 〉を取り出して村
人の一人一人に、分け与えた。〈 〉は、井戸に尽きる
ことなくあるように思えた。〈 〉がある限り、私はと
りあえず、ため池の身代わり程度に、村に居られる理
由もできていた。ところが、私の井戸に飛び込む自殺
者がいるという噂が出回り始める。それからは噂だけ
がどんどん口汚い罵りをあげて飛び込んで行き井戸の
底を汚していく。村人は、笑顔で残念そうな声をあげ
て、私の井戸の〈 〉は、汚れすぎて用無しだという。
そして、「これ以上自殺者を出さないために」などと、
煽り文句のビラで、井戸の〈 〉を、ますます、埋め
立てていった。数日後、役所から私の井戸の入り口を
完全封鎖するための赤銅の厚い鉄板と杭が届けられる。
私は、真っ黒な井戸の底にある〈 〉に向かって、何
かを呟きながら、そのまま、飛び込んだ。
 
               ※
夜、私のいなくなった仏間に名前のない人たちが連なって心経
を唱えている。黒い仏壇には出来立ての小さな私の位牌があっ
て、白い影の人たちの声が終わると、庭の古井戸に名のある人
が、ぽちゃり、と何かを沈めては含み笑いを残して去っていく。

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短歌     五首

真夜中に時計の秒針胸を刺す丑三つ過ぎても消えないお化け
エアコンが冷房暖房間違える台風前の平熱微熱
忘れたい忘れたいと書くほどに思い出すため「寺山修司」
宛てのない手紙を書くより宛てのある手応えもあるコトバが欲しい
東京に空がないと泣く君の肩を抱く東京の人東京の雨

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こころ

(心)はいつも正しかったのに (心)に一番遠いのは私だった
(心)は全てのものを正しい名前で呼べたし書いてみせたのに、
自分の名前は 知らなかった
(心)は正しいことが大好きで(心)の法則に従えない者は
屈服するか屈折するしかない
私は(心)のことが好きだったが(心)を見たことはなかった
(心)をどうしていかわからないし(心)が何者か知らないのに
できるだけキレイな(心)というものが欲しかった
(心)は芸術家でなんだって作り出せたし自由奔放に生きているくせに
自分が一番不自由だと喚いた
(心)に足りないものは私にも足りないし
(心)が見えるものは私にも見えるのに
その向こう側の( )に続く途はいつも見えない
ただその途の途中で、打ち捨てられた田畑、
雨水を湛えた汚いポリバケツが映し出す曇り空や
廃屋のポストに無理矢理突っ込まれた新聞紙たちの、
褪せた印刷文字の( )、
そういうものに(心)は淋しく引っかかる
          ※
信じてくれますか、信じてくれますか、責められると
(心)はいつもも俯いて 押し黙り、答えられない
蓮の花がどんなに美しく語ろうとしても
(心)は蓮の中の、泥の過去を言い当てた
          ※
   蓮など泥の中で育ちも悪い
   美しく見えても末は ハチスになって滅ぶ
   燃え尽きるだけの執念の女が見せる一時の虚栄の姿など
   時の前に鮮烈に脆く崩れ去るではないか
   
   (私)が欲しいのは 私の中で眠る花
   夢の中で腐る花でなければ
   泥の中に還る花でもない
   捨てきらなければ 咲かない花
   放たなければ 呼べない花
   殺さなければ 名付けられない花
   盲目の国の ただ一つ、
   ただ一つの、( )
          ※
(心)はそうして「蓮の花」を分析して分解して
粉砕した花の上を歩いていく
(心)が正しさを武器にすると時代は頭を垂れ命は瞼を閉じた
誰も(心)に触れなかったし(心)を傷付けた者は気が触れた
(心)は誰も愛さなかったし、私もまた、誰も信じなかった
それなのに、
信じてくれますか、信じてくれますか、花が尋ねると
(心)はいつも俯いて、ただ一つの答えが言えない
          ※
疲れ果てた(心)は(心)を取り出し泥の中に埋めて眠る
暗闇の中に光る蓮が一本、傍らで生きてきたことなど知る由もなく
(心)は、もう目覚めることもない
ポスト戦後詩ノート 8号 /杉中昌樹 編集
(一色真理  特集)掲載原稿

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赤目の夏

透けすぎたナイロン袋に絹豆腐のラッピングパックの角が刺さって破れる。
都会の余波が、障子のすすけたような町にも、ずっしりやってきた。私の
伸びる指に、深く彫刻刀で削り取られた縦長の皺とそれを映す充血した目。
赤目が飲み込んできた都会の水は、私の身体を浸し続け、不純物と一緒に
パックされたこの塊の、はみ出したい鋭さにも似て、また、目を赤くさせ
た。
                ※
充血した目玉たちが口も聞かず蛇に次々と飲み込まれ腹の内側、内側に
押し込められ追い詰められる早朝。優先座席で目を閉じたふりをするア
ロハシャツの若者を赤目が刺し、俯いて座るセーラー服に、舌打ちを繰
り返す。ほんの少しの隙間ができるとボヤがおこり、発火する炎を目は
映し続けた。目の前の大きな咳払いは、この夏の終着駅まで続くだろう、
と思うと、赤目は殺意を抱いた。新聞で隠された口元の企みを、上目使
いで見抜く、また、充血した朝の日。
赤目が黙々とそれぞれの殺人計画を目に宿す頃、また、新しい赤目が飲み
込まれ詰められ、揺れ動いて何かがぶつかって、ひび割れる。パックされ
た、一発触発の肉弾戦の中で、誰の目に窓の外の景色が見えていただろう。
誰の目に朝日があっただろうか。
人と人との間に流れる血は冷房されたまま、どんどん無言になり、共通の
言葉は崩れ落ち、充血の目玉が大量生産され、スマホの電波だけが喋り続
ける。眠れない夜から、私たちは疲れた朝の縁に立ち、夜に向かって出勤
して、迷路に潜る。
凍えた目玉たちは血走っては、腐っていく、玉子の未来。
詰め込まれた怒りを宿して、私たちはどこに行きつくのだろう?
冷ややかな蛇行を繰り返す蛇に操られながら、玉子は朦朧と溶けて一つずつ
腐っていく。黒目の幼子があんなにも憧れていた新宿。ここにきたら新しく
何か、を生むはずだったものが、赤目になる頃には、殺されていく。
                ※
透けすぎたナイロン袋からはみだした、絹豆腐のラッピングパックが、指を
突き刺すと、指先からぷっくり膨れ上がる赤目が生まれる。それを見つめる
私の目が、また赤く腫れあがり、詰め込まれた猛暑が冷ややかに、体の中を
蛇行する。

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いのちのことなど

命のことなど問われれば
とってもエライ国会議員
「七十歳になってもまだ生きて」って 怒鳴ります
「七十歳になったら死ななあかんね」
六十九歳のお母ちゃん
淋しく笑って固まった 父の写真に問いかける
命のことなど知るには命がけ
「なんで死んだの?」と私が聞けば
「病気で死んだ」と 担当医
最期の日に移動させた父のベッド下に転がる小瓶
ショッキングピンクの液体は 
名立たる医師団お墨付き、でも
カルテの開示にない薬
   なぁ、ユキちゃん
   いのちのことを ゆうていかなあかんなぁ
それが 口がきけなくなる父の
いのちのための 命がけ
命のことなど言う国の
命をお金で買う人の
命をお金で葬れる人の
命に優劣をつけたがる人の
命のことなど
いのちのことなど      
2016年「詩と思想」12月号 掲載原稿

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父のことなど

父は、事業が行き詰まり大阪へ単身赴任を余儀なくされた。平成九年深夜、胸に激痛を感じた父は、携帯から救急車を呼び診断の結果、胆石の手術のため済生会病院に入院。しかし、短時間で終わるはずの手術が長時間に及び、執刀医のミスで一晩中出血が止まらなかった。翌日再手術。「輸血された血液製剤はミドリ十字社のものだ」と、告知されたのは、父がC型肝炎を発病して数年後のことである。母と弟が主治医のパソコンに向き合いながら、説明を受けた。
 C型肝炎訴訟には追い付けない。平成六年までの患者が対象。しかし、全ての非加熱製剤はなくなった、となぜ保証できるのだろう。在庫処分の犠牲になった人々が本当にいないかは私には甚だ疑問である。そんな思惑が頭を掠る内、父のC型肝炎は日を追うごとに悪化。平成十八年八月、検査入院して打ち続けたインターフェロンに体は適応できず断念。慢性肝炎と診断される頃には、父はとうとう兵庫の実家に帰省。大阪では使いものにならないと言われた体を引きずりながら、それでも家族を養えるのは自分だけだと、老人介護施設の門番の仕事を選び、市役所に申請してまでも働き続けた。
 しかし、病状は急変。平成二十六年には、検査入院と自宅介護が繰り返された。深夜に、一つのフロアーを、三人の看護士で十三人の利用者を見回る田舎の総合病院。徘徊する者の服の裾をベッドの端に括り付け、動ける足でトイレに行けた患者すら足が弱り、おむつ介護の身になった。命は簡単に変動し、奪われて出ていく者と、息をしているだけの者。あるいは、その時を待つ者しか、残らなかった。それは老人介護施設で長期間働いていた父には予想できた光景だったに違いない。
平成二十六年四月。その施術は執行。「腹腔穿刺」は家族の誰にも説明はなく、「どいてください」と、寄り添っていた母を追い出し、父のベッドは全てカーテンで隠された。出てきた父の腰の下あたりには手術後の包布の切れ端が落ちていた。「なぜ、家族に十分な説明もなく手術したのですか?」と、のちに問うと、担当医は「緊急事態でしたので本人に了解を取りました」と言い放った。しかし既に六か月前「肝臓の悪化による意識障害」が、父のカルテには記載されていた。
 最期の日、個室に移動させられた父のベッドのすぐ下に「ビタメジン静注用」というショッキングピンクの水溶液が残る小瓶を発見。カルテの開示の時、私はあの小瓶が気になって目の前の事務員の男性に「ビタメジン静注用を投薬したのはいつですか?」と聞くと、男性はすぐに主治医に内線で連絡をとり、「四月十四日です」と答えた。それは父が亡くなった日。カルテの記録に「ビタメジン静注用」使用の記載は一切されていない。   
 父の葬儀三日後、「病院を変えて肝炎の菌が全て消えた」と、父と同時に闘病をしていたおじさんが訪れてきた。私は何も言いたくなかった。ただ俯いて、「父は三日前に亡くなりました。」としか、言えなかった。
 その二週間後、神戸国際メディカルセンターで「肝臓移植で七人が死亡」というニュースが報道される。そして今年、同センターで、「犠牲者が十一人に上った」と耳にした。
       ※
「いのちのことを、言うていかなあかんなぁ」
 口がきけなくなる前の父の最後の言葉が、今、重く圧し掛かる。
※女性詩誌 something24 掲載原稿

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昭和バス

昭和という小さな家族の乗り合わせ
不思議で不可欠な力が運転していく昭和バス
十才半ば、私の春
道路工事の終わった平成通に差し掛かると
祖父の姿は消えていた
草履では歩きにくくなった、と呟いて
晩酌の一合升を、置いたまま
平成の角を横切って
芝居小屋の前を通過するとき
祖母が赤紫色のボタンを一つ鳴らした
好きな芝居が来たのだ、と
バスの外から手を振った
待ち合わせの女友達と小屋へ行き
シートに五銭の入った、ガマ口を残して
桜吹雪の晴れた日に
父は病院からバスに乗り
長く曲がりくねった坂道を
下りながら昇って行った
ここをでたらもう一花咲かせる、と
自分の灰で花を咲かせる人だった
  幾度も春と夜の目を盗んで  
  修羅と鬼の隙間を掻い潜り
  たくさんの峠を越えて
  昭和バスは黄昏時の山へと向かう
花に涙雨
滴り貼りついたままの花びらを窓辺に伺い
言葉少なになった母が
どの景色も綺麗やった、と
心拍数に手をやりながら
姨捨山の切符を握り
唇を結ぶと
年老いた猫の目をじっと見る
抒情文芸  163号 
入選作品
清水哲男 選 (選評あり)

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声一つとして・・・

声、一つ、同じではない
同じ言葉の意味を発しても、白、黒、黄色、
声一つとして
国会の扉をノックできる音階と
名もなき島で撲殺される音階がある
声一つとして、人間の喉を黙らせる
          ※
   ぼくは見た
   知恵が五体満足を見定めて
   裸の身体に王冠をつけるのを
   ぼくは見た
   愛がカタワになったせいで
   河原で虐殺されていくのを
   正義は多数決で 法律になれた
   胸に鈍く光る同じバッチ共が
   いのちについては無関心のまま
   議会で手を挙げた者だけを褒め称える手を持った
          ※
ぼくは河原にうずくまり
手をあげられなかったから 足を斬られた
声一つ、あげることすらできなかった
ぼくの喉は声が出せないように釘が刺されていた
母が賢く生きてねって、ぼくの喉に釘をさした
(母さん大好きだよ、この国に産んでくれてありがとうって
(どうして伝えたらいい?
言葉を求めれば求めるほど喉から血があふれて声にならないまま
声一つで、兄妹すらも違う国
          ※
黒い死体は白い炎に焼かれて黄色いビジョンに映し出された
(ねえ、国家って、五体満足じゃないと、
(頭が人並み、という範囲じゃないと、
(声一つとして、あげられないの?
異国でもう一人のぼくが後姿しか見せない母に問いかける
白が似合う美しい母は金の髪を揺らして振り返り
青いまなざしを向けて赤い口角をあげると
アイスピックでぼくの喉を 今日も突き刺す

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小詩  二篇

「母 」
「家庭に光を灯して共に」
煽り文句は便利なコトバ
その言葉をバーゲンセールで買った母
巨大な塔を一つ、造ってみないか、と
安請け合いした黒い声が
赤く点り、二つ連なり、
三つめに爆発して、「僕」
僕に左手なく右足なく
麻痺した舌で 母に届くコトバもなし
五体満足な母が
何でもいいから
言いたいことがあれば
ここに書いてごらん、と
見せつづける白紙
真っ黒に裏打ちされてしまった
僕のコトバ、僕だけの声
僕は 塔の上で笑っている、
キレイな白紙ばかり見せる母に
今日もペンを投げつける
「楽園 」
その声が聞こえない
伸びることしか知らない真(ま)っ新(さら)な声が
コインロッカーの箱にしまわれていく
はじめから何もなかったように
もう、その声は聞こえない
ここは楽園
花畑で荒地を隠した楽園
世界で一つだけの花を皆で歌いながら
誰もが同じ背丈であることに安堵した
その声が聞こえない
生れ落ちたばかりの闘志
振り上げたままの何かを掴んだ拳
肯定せよ、肯定せよ、泣き喚く第一声、
原始の衝動で夜を叩く声を
赤い舌たちが「私生児だ」と切り刻み
灰色の花園に誘い込んでは埋葬していく
その声は、夜、荒野の中で干からびた
         
        ※
「ここは楽園、こんなふうに楽園!」
大歓声に誰かが大きな拍手を贈る

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