ひとさらい

人攫いが家に来た
    革靴はいて背広着て
    お父ちゃんを借金のかたに連れ去った
人攫いが家に来た
     病気ばかりする子はいけないと
    私を家に帰しに来た
人攫いは呟いた
いつまでも この稼業じゃ儲からない、と。
      街にはびこるスポットライトの巨大な電子看板
     ネオンの空とレインボータワーが 色と高さを競い合い
     地上でテールライトが長い尻尾の残灯を燻らす
     街頭にも路地裏にも道先案内人のスマホが喋り
     同じ顔したビルの窓辺にチカチカ光るスライドショー
横顔だらけの会社員、一夜漬けの説明会
           ※
  街がサーカス小屋になった今、
  子供をさらって何になろう
  街が眩しくなった今、
  誰も人攫いを怖がらず、
  誰でも人攫いの顔をして、
  すべてで人攫いを馬鹿にする
     
           ※
私の父を 怖い顔で連れて行った人攫い
私の手を引いて 心配そうに家に帰した人攫い
     (私、くだらない大人になりました
     (今からでも どこかに攫っていただけますか  
私は人攫いと手を繋ぎ 
温かな、暗い所へ行きました

カテゴリー: 02_詩 | コメントする

詩集を本棚から探していると 中指に小さな棘が刺さった
複雑に絡まった女同士の霊(ち)を
読み解く方法があったなら 私は重荷を捨てて
やすやすと違う名字の人と 暮せただろうか
古家
あまりにも濃い血をもつ 女同士の住処
距離も依存も馴れ合いも我が儘も屁理屈さえも
鏡に映して叩き壊せば 綺麗な朝は笑顔で訪れた
間に居た父が亡くなり
お互いがお互いを監視しながら 自由に生きたいと叫び
悦ぶことも手放すこともできないまま
手を繋げば繋ぐほどに 息苦しいだけの私たち
背表紙に棘を忍ばせていた その詩集は
母親の名を二重線で消し
産道から生まれたのは 自分と恋人だと認めてある
   チクチクと中指の痛みが 疼きに変わり 
   棘は血流に 飲み込まれていく
詩集に絡まっていた棘が 
女の見えない部分をゆっくり流れていく
それはいつしか巨大な肉腫に腫れ上がる
医者はその時 手遅れだと宣告し
母の後を追うようにと 毒入りの
真っ赤な坩堝を手渡すだろう
             ※
詩集を本棚から探していると 中指に小さな棘が刺さった
棘は私を決して赦さない
それでいい それでもいい
私は何かに謝りたかったのだ
絡まり続けた糸が いつか解けるように、と
夢を見ながら 今夜 血の池に沈む

カテゴリー: 02_詩 | コメントする

野良

ご主人様を探す野良、愛に渇いてしまう野良
赤い首輪も良いけれど、首根っこを強く掴んで欲しい
目を離す隙もないほど、息苦しいくらいの視線が欲しい
でも、ご主人様は優しくて、野良がご主人様を喰ってしまう
どんな主人も野良の「主人」になれなくて
愛に渇いてしまう野良、ご主人様を探す野良
           ※
聞き耳立てて、口コミ、垂れ込み、しゃがみ込み、
啼いて叫んで日が暮れて 名前を呼んでと啼いた日に
野良につける名はないと 家にあげてくれた人
男は野良の裏と表を使い分け、自由気ままに弄び 
首に見えない赤い紐、上手に結んでくれた人
           ※
((野良よ、野良よ、どこにいる?
やがて月日は反転し、主人は野良がいなけりゃ、息出来ぬ
ご主人様は泣き続け、野良は主人をかわいがる
           ※
野良よ、野良よ、と何度でも 幾度も何時でも呼ばれる程に
野良は主人の顔をして 主人に猫の名を付ける
(前橋・ネコフェスに書いたもの)

カテゴリー: 02_詩 | コメントする

箱舟

箱舟に私たちは乗せてもらえないという
箱舟に乗る人は
あらかじめ定められているという
同じ話をしに 毎度毎度 
家のチャイムを鳴らす
熱心な伝道者よ
その話は家の外でしてくれないか
この家は箱舟のように立派でもなければ
空飛ぶ仕様でもない
偉大なカタカナの名のつく人が造った造形物でもない
デカイ台風が一発来たら 瓦が飛んで粉々になるだけの
素人仕立ての壊れ物
偉い言葉など何一つ残せなかった父が 家族のために建てた家
その父に騙されて結婚などしてしまった母の家だ
そして黒い煤ぼけた古い仏壇に位牌が並ぶ先祖の住処だ
人の内にいる鬼が指差し決める良い子、悪い子、間の子 
選別しながら 私の家にも不審な指の音を届ける
「カミサマはなぜ、人を愛されずに人を裁かれるのですか」
という問いを 箱舟に乗せて玄関先から流して見送る
私たちの居場所は 
カミサマの舟から 一番遠く
父の てのひらから 近い

カテゴリー: 02_詩 | コメントする

年末の流し台

私たちは確かに同時代に並べられただけの
安直な食器に すぎなかったかもしれない
たった二人しかいない母と子が 流し台に溜めたお椀や皿や鍋は
この家にいた六人分の家族のすべてを洗い桶に入れても はみ出る
鈍い光を放つ油の汚水を 
埃と黒いカビに蝕まれた蛍光灯が点滅を繰り返しながら
玉虫色のとぐろを映し出す
指の曲がらなくなった母の代わりに重い腰を上げると
それらを洗って片づけてしまうことに罪悪感が走る
(片づけて、そして、あるいは、捨ててしまえたなら、
とても遠く、重い、その、流し台の時間を終わらせるまでの距離
  
   引き返せばよかったのか(洗っても、洗っても落ちない汚れ
   捨ててしまえば簡単なのに(片づけられない、お茶碗たち
たった二人だけなのに 私のものではない、私のもとにいた家族の茶碗
母の茶碗、父のお皿、誰かの湯飲み、家にいた誰かが使っていた湯飲み茶わん
カビ臭い計量スプーン、網の目のゆがんだ茶こし、流し台の奥に突っ込んである
鉄の黒い焦げ付きの取れないフライパン
片づけていく、その隙間を洗い水が流れていく
   誰の霊(ち)を洗っているのだろう
   誰の汚れなんだろう
時代遅れの二人きりの暮らしの中
私たちには支える事の出来なくなった重いだけのフライパンで
誰が何を作ってきたんだろう
私たちは確かに同時代に並べられただけの
安直な食器に すぎなかったかもしれない
その食器の隙間を蛇口から捻った水が 
汚水になって排水溝に向かって姿を消していく
吸い込まれるだけの黒い水がとても貧しい音を立てるので
私の体の真ん中で堪えていた何かがはじけだし
粉々に砕けた音を上げながら 夜の中へと流されていく

カテゴリー: 02_詩 | 2件のコメント

何処

憧れる街は いつもディスプレイの中
モニターに入って人混みに紛れてみると
誰かの指で私はデジタル文字にされたり 欠けた映像として 
スクロールされておぼれて消える
明日の浮遊物が明後日の沈殿物になる街の
七十五日の話題を追いかけても 
答えは前後左右に散らばるだけの罠
現世を映す鏡を人差し指で弾く人の、揚げ足をとり
また人差し指が、はじく、はじく、また誰かを指す、その指
会話をなんとか縫合しようとしてみたら 
今度は親指で話題を葬るバーチャルリアリティー
  小さな古家に住んでいた祖母が言っていた言葉
  (阿弥陀さんが、みんな見とるから安心してここで暮らしたらええ
その「ここ」からとても遠い場所でぼんやり光る夜光虫は
おばあちゃんの鍬も鋤もどこにしまったか忘れてしまったし
さつまいもの植え方を教えてくれた父はもういない
私の鎌も錆び付き草刈りの仕方も忘れて畑は荒れ放題
ディスプレイから私を覗けば私は人の住めなくなった廃屋を
大切そうに見せびらかしながら歩いてた
街では成り上り者が虚勢の名を荒らげていく
そういうことを 一番嫌がっていたはずなのに
自分が成り上り者だと指を指される頃に気づく
街の見晴らしは とても高く、そして足元は脆かった
足下のマンホールから人の死臭を帯びた風がいつも噴き上げて
その臭いが 身に染みていくのが怖かった
ネオンは青から黄色、そして赤へと 空高く昇っていく
街は こんなに華やかなのに
人は こんなに賑やかなのに
今、この瞬間に「誰か友達いますか」と
問われると 黙って俯くことしかできない
   私はどこにいるんだろう
   どこに行けばいいんだろう
   これからどうすればいいんだろう
空騒ぎして明日になると宛も無くなる人と 
容易く乾杯して作り笑いを見せて別れてしまえば
私の手と手が真っ直ぐ私の首を絞めにきた
夕陽の沈まない街の、
夕日が沈んだり浮いたりして川に毎日捨てられる泥水の、
その、夕陽が残していくものだけは覚えていて胸は高鳴った
私の古臭い町にも同じ太陽が沈んでいる、と
思い出したら 赤い色が滲んで落ちた
   帰りたいのか、出て行きたいのか
   戻りたいのか、忘れたいのか
空いっぱい黄金色に広がる手のひらの、大きさ、厚さ、懐かしさ
はじめから孫悟空
私の手で掴めたものなど何もないと知ったとき
逃げても逃げても追いかけて正面から向き合ってくれた人と
真っ正直に沈むあの夕陽の町
みんながみんな居なくなった あばら家の
テーブルの上に置き去りにされた阿弥陀如来
今もそこで 私の何処を見てますか
※同人誌「NUE」寄稿原稿⑤

カテゴリー: 02_詩 | コメントする

おいてけぼり

都会に行けば田舎に帰りたいと泣き
田舎に帰れば都会が忘れられないという
両親と恋人を秤にかけるくらいの、
推し量れない淋しさと重さを見ていたら
安住の地は無くなった
量り売りが得意になった
誰かを乗せて何かを足して二で割る
計算が早くなった
白より黒を、黒よりグレーを選んでた
気が付けば スマートに生きたいと
望めば望むほど ブヨブヨに太った
夜になると どこからか漏れる声がして
誰かがイヤラシイことをしている声だと思っていた
夜、声のする階下の深い溝に目をやると
溝からお母さんの生首が ぱくぱくと
何かを言って泣いている
口から発するのは私の声で何か苦しそうに
訴え続けていた
お母さんの口からたくさんの私が出てくる度
お母さんが泣いている
怖くなって窓の扉を閉め
鍵をしてカーテンを閉じると
暗闇が私に襲いかかる
おいてけぼりに投げ捨てたものを
拾いに飛び込む勇気もなくて
振り返らずに今日を走り去ると
鬼がどこまでもついてくる
※同人誌NUE掲載原稿①

カテゴリー: 02_詩 | コメントする

家出娘

肉体の、
肉体の檻が邪魔だ
空間をよぎって その声は
いつも私を焦らせる
部屋を暗くして闇にうずくまる
部屋の心音と私の動悸が重なって
あらゆる、存在に理由を付けたがる私の思考が
膨大な情報を流し込み細胞から壊死させていく
追い詰められ逃げ場所をなくした私の、
吐く息の温度を奪い、呼吸が酸素を求めて 
外景の底を這いずり回る
薬はカプセルの中にしまわれているのが幸せ
   でも、薬を飲まなければ、あなたはあなたの激情で
   頭ごとあなたを、壊してしまうでしょう
      (私は囲われているものはみんな嫌い)
電車に運ばれていくときは一人が当たり前だったのに
二人だと容易く独り、になりきってしまう、この街の、
ありきたりの軽薄さに 慣れることはなかった
風に乗ることもできず、風をまとうこともなく、ただ、
風に飛ばされていく炎のようなモノたちを、
いつまでも大切そうに見送って
電車が来るたびに「自由になりたい」と小石をぶつけながら
踏切に、自分の遺体を何度も泣きながら置いた
愛することにも愛されることにも不慣れで 
懐疑的な頭から爪の先までを終おうとすると見えてしまう、
名前の付いた箱に入りきれないモノ、あるいは、
その箱の向こう側で息をしている、名付けられない世の名詞
見たこともない事実だけを尋ねて歩きたい
居心地のいいユートピアも、ほど遠い身で、 
リュックサックに大事そうに負ぶさっている
“自由に生きられないなら、死にたい”を、
取り出してしまえれば 
私はやっと 自分らしく迷えるだろうか
旅の途中で私を生かそうとしていた
ペットボトルの水や、カプセル薬を全部海に流してしまった
肉体という殻を脱して、この世に名のつく物よ、さらば
その果てにある、果てのないものの正体が
手を振って私を呼ぶのが見える
ただの家出娘
もう帰る家も器も持たない、
ただ、それだけのこと
(ファントム2号掲載原稿)

カテゴリー: 02_詩 | コメントする

師走に鬼

あなたがトマトといえばピザやパスタが出てくるのに
わたしがトマトといえば三割引の見切り品を
手渡されるのはなぜだろう
あなたがケーキと呼ぶだけでバースデーケーキが出てきて
わたしがケーキと言えば名前の無いカットケーキが登場し
あなたが鳥と言えば七面鳥の丸焼きがテーブルに並ぶのに
わたしは代わりにニワトリ小屋に行く
あなたの一万円を人々は褒めた
わたしの一万円を人々はクシャクシャで折れ曲りすぎだと貶す
人が又、人を喰らって生き延びる
人の値打ちを数える鬼が
師走に坊主を走らせて
人の隙間を見て嗤う

カテゴリー: 02_詩 | コメントする

ふるえる手

 
母が母でなくなる時 母の手はふるえる
乗り合わせのバスは無言劇
親切だったおばさんは 母の乗車後には夢になる
向かう先はお山の真上の病院で薬をもらえば
また手が ふるえる、ふるえる、大量の薬を飲む手
繰り返される寒村の暗黙の了解の中に罠
私たちの幕は知らない人の手で いつも高い所から降ろされた
時間が役立たずになったバスから 現実を眺め
乗客は自分の夢の中から外界と交信する
人々は一方的に語り掛け、語り合い
それが一方通行でも母は笑い そして彼らは母を嗤った
困惑の表情の下から覗く、また、ふるえる手
   大きな字しか見えない年老いた運転手が、真冬に黒いサングラスをかけ、
   ガタガタと 不随意運動を起こすバスに体を預け、毎日を綱渡りする。
   バスは神社の横で洗車され、病院を潜り、寺の隣の火葬場で、ゆっく
   り回転する。往きと復えりを病院の乗車口で間違えた若い女は、ショ
   ッピングモールの場所を、ハキハキと尋ねて生き延びた。その、大き
   なショッピングバッグを、羨ましそうに眺めるバスの中の、人びと。
(今更、家は捨てられへん、この年になって何処に住むんや
(若い頃は「金の玉子」と謳われても便利に私らはガラクタや
(一体誰が私らの消費消耗期限決めて捨てるんかなぁ
この国で、この町で幸せになるの、というフレーズの
歌や漫画のタイトルを 聴いていたり見ていた記憶は遠く
目的地に辿り着いても 杖を手放せないまま
動けなくなった母の身体を揺さぶり 降車ボタンを押すと
私の手にも薄気味悪い暗黙の了解が夕暮れの顔をして降りくる
ふるえる母の手を見ていると
逃れられない大きな不随意運動が伝わって
私の首をますます斜めに傾ける
選べない一軒の総合病院の不透明な薬袋の膨らんだ白い企みを
何も言わない乗客たちは 俯いたまま大事そうに抱え込む
老人バスを振り返り 彼らを見送る頃には
夕陽が沈む遠い山で バスは真っ黒に焦がされる
(詩と思想研究会作品)

カテゴリー: 02_詩 | コメントする