ハンマー

ハンマー
おいらの家は解体屋だから、難しいことはよくわからねえ。
 今日も親方に呼ばれて仕事をする。
 扉を叩いて壊す。
 瓦礫をトラックに積む。
 そうしているうちに、隣近所の女の子が一人、おいらに向かって喋りかけた。
「おじさん。おじさんは、どれだけの思い出を壊してきたの?その家にはある家族が住んでいて、犬を飼っていたよ。おばさんは陽気で近所の人気者、おじさんは大工で家を立てる仕事をしてたよ。その夫婦には子供がいて、子供はお嫁さんになって、また子供を産んだよ。本当に幸せな家庭だったけど、いろいろあって、この家を手放さなきゃいけなくなったの。この家のおじさんは出て行く前日、昔の思い出を語っていったよ。前の池でジャコ取りをした事、大工として腕が認められたこと、一人前になっておばさんをお嫁さんにもらって、この家を建てたこと、子供を産んで親になることの喜び、帰ってくる家の灯りのありがたさ。近所の人の温かさ、孫に帰る故郷のない事実の辛さ。自分の責任のなさ、それらをみんな言ったら、ただ黙って泣いていたよ。それがここの主人の最後の姿だった・・・。」
「・・・・・・。」
「おじさん。おじさんに家庭の事情とか、現実の厳しさなんていいたいんじゃないんだ。
 ただ、ただね。家って言うのは、居場所なんだよ。おじさんの持つハンマーは、それを知って使っているの?」
「・・・・・。」
「ごめん。責めてる訳じゃなくって、ただ、見晴らしが良くなりすぎて、私、とっても悲しかったの。
そして、知ってて欲しかったんだ。同じハンマーを持つ人間が壊すことも、創り出せることもできるという事を・・・ちゃんと、・・・知ってて欲しかったんだ。」
「・・・・・。」
「ねえ、ここにもいつか知らない家族が越してくるんだよね。・・・・新しい家が…建つ日がくるんでしょうね・・・。」
 おいらには難しいことはわからねえ。
 今日も親方に言われたように仕事をする。
 ただ違うのは、右手のハンマーがいつもより少し重いこと。
    
※(詩と思想新人賞、第一次選考通過作品)

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執着

執着
夜が孤独を運び
激情が暗闇を
照らし出す
あなたの匂いの
立ち込める一切の
物たちが騒ぎだすと
血は蝋燭の炎のように
朱く蒼く燃え盛る
焼けない写真
褪せない傷痕
降り積もる優しさ
それらが真綿で
首を絞めるから
息ぐるしくて
胸をかきむしる
体に流れる水脈が
目から蒸発を始め
口から濾過された
水道水が零れ落ちてゆく
蝕まれて逝く躰に
ガソリンをまいて
渦巻き手を繋ぐ炎に
身を任せ
今 朽ちたはずの躰は
火柱となって
振り払えない
火の粉を生み出す
(困らせたい)
(奪い去りたい)
(閉じ込めたい)
燃え尽きることを
知らない炎は
成仏できない
狂女の亡霊にも似て
私と同じ顔をしている
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孤独

孤独
宇宙が完全に時を止めたなら
人は空に憧れたりはしない
毎日が晴天ならば
一日で固形化した
油絵の具のような空に
群青色を塗りたくって
「よる」を作ってみたり
そこに青白い円をおいて
「つき」と呼んでみたり
そんな夢もみないだろう
重ね塗りするごとに
深まってゆく
キャンバスの果てしなさは
完成することのない
肥大する宇宙
誰かが言っていたっけ
人は少し孤独なほうが
宇宙に近づけるって
私は
宇宙というキャンバスに
神様がポツリと呟いて
落としていった
小さな赤い太陽
孤独は宇宙に
赤く咲く炎
私を燃やし続けて
尚 熱く
輝く
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残されたあと
君を想う
安いドイツワイン
白と赤の交わる夜
残されたあと
君を慕う
赤いテディキュアが
張り付いたまま
剥がれておちない
指のマニュキアは
もう塗り直せない
海に投げ捨ててきた
白い観覧車は
潮風に錆び付いたまま
動かなくなった
君の瞳から
一粒の海
ハーバーランドで買った
思い出のリング
別離の記念にと
泣き出しそうな
碧い君
残された痕
お互いに貪り
オブラートの愛憎劇から
放り投げられた
ペアリング
最後のさよなら
叶わない夢
記憶に沈む
君との轍

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積乱雲

積乱雲
どこかに積もった溜息が
舞い上がって塵も積もれば山となる
君の頭に積乱雲
のんびりと羽をのばしているけれど
今か今かと
稲妻を腹に鱈腹蓄えながら
ふわりふわりと
薄笑い

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チロルチョコ

チロルチョコ
チロルチョコ

淋しいと言う前に
あ〜ん あ〜ん
大きくあけた口に
チロルチョコ
小さな甘さはね
淋しくならない
魔法の口封じ
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紅い紐

紅い紐

「お前が必要なんだ。」
「でも、俺は妻を愛しているし、故郷を離れたくはない。」
「会社に縛られて、シャツがシワシワになって、
 ネクタイが曲がってても、笑って営業に…」
そこまで言って彼は急に
携帯の声を押し殺した
一人寝の女の部屋で
夜が震えた
私は彼を縛る総てのものから
解放して
色を着けてあげたかった
 (お前が必要なんだ)
守れない告白
色褪せないうちに
私は薬指に
ガーネットの指輪をつけて
空中で手首を
ひらり ひらり
と揺らす
まるで心中する事を
手招きするように

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月       


月

          (乱太郎)
淋しげに唄う
恋などとっくに忘れて
靡く淡い音色
月の後ろ髪が解かれるとき
湖面の中央辺りに
漂う
在りし日の君の輪郭

          (月夜見)
在りし日の恋ひとつ
水面に写るは
偽物の月の形
拾えど
掬えど
盗めない月
私の手は濡れていました
あの人との歳月を
泣くように

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木枯らしに泣く

木枯らしに泣く
木枯らしに泣く
風に絡まる
褪せた新聞紙
転がるメイプルの葉
靴底から命の寝息
底知れぬ湖の
深い蒼
木枯らしに泣く
紅葉を宿した瞳から
七色の哀しみ
一粒

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あなたに

あなたに
あなたに
あなたに
あげれるものがあるとしたら
散りゆく薔薇
風の流れをゆるめて
まだ紅い華のまま
頑な信念のように
あなたの氷山の中で
色も形もそのままに
凍えるように
閉じ込めて
胸の芯で
咲かせてください
もう
あげられるものなど
とうに無くした庭に
一輪の薔薇が
ぼとりと土に鎮む前に
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