高速バス

高速バスの窓辺から 風景は切り刻まれ
囲まれたインターの隙間や綻びを見つけてバスは逃げ切り
トンネルで安眠を貪り 気がつけば
高架下には貼り付けられた灰色の街と
名札のついた背伸びしたがる顔のないビル
バスは ここまできた、ここまでくれば。
ここまでくれば来る程 瞼に迫る自宅
村とは似ても似つかない鉄筋コンクリートが立ち並ぶ
高層マンションの堆く積まれた四角形
その中に父の位牌が見えてしまうのはなぜだろう
ガタガタ道一つもない平面な路側帯になればなる程
バスにゆすられ揺すぶり起こされるものの名前を
口にしようとして 知らず、手を合わせて
目を背けてしまうのはなぜか
終着駅につくまでに晴れたり曇ったり小雨が降ったりして
窓ガラスを叩く滴は長い尾を引きずったまま先は見せない
進めば進む程 何かに手繰り寄せられてしまうバス
得体のしれない悔恨のような 赦しのような
取り返しのつかない優しさのようなものに
揺すぶりをかけられたまま 私はバスの中を彷徨った
色づいたものが消えてしまった薄暗いロータリーで見えたのは
幼い私を背負う母と手をつなぐ作業服の父
若い父と母はバスの中の私に気づくと
「あっち」と 笑って指を差し
すれ違いながら三人で歩いていく
降車ボタンを押し忘れた私は 
終着駅を過ぎたターミナルで一人捨てられ
車掌から手渡された乗り継ぎ引換券には
【ここからは自分の足で行けるとこまで】
と 記載されていた

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うつむきながら

うつむきながら 一番奥に座っている
うつむいたまま バスと一緒に揺れている
ノートを隠しながら ペンが走る
紺色のプリーツスカートの
大柄な女子高生が一人
堂々と見せられない一生懸命と闘いながら
文字を追い続け 文字を刻み付け
バスのハンドルが傾くたびに
膝のノートが滑り 紙が擦れる音がする
ちらちらと 周りを見て 
また バスと揺れている
文字とバスに格闘しながら 
捲られる音と白紙と
追いつけないペン
バスは田舎道を行く
くねったり上がったり下ったり傾いたりしながら
車体と同じように 私たちは揺れている
姫路から乗車してトサカグチで降りた彼女は
詩を書いていたのだろうか
詩は出来上がったのだろうか
長く続いたガタガタ道を 首を傾げた文字たちが
くねったり上がったり下がったりしながら
四角いノートの中で 真っ直ぐに立とうと 
へばりついていたのだろうか
 ✻
最後尾の誰もいないシートに
いつのまにか西日が座っている
うしろなんて振り返らない田舎のバスが
うつむく横顔を乗せたまま
耕地整理された水田の中を
飛び跳ねながら 走り続ける
(第20回白鳥省吾賞最終選考作品)

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消しゴム

私の部屋から消しゴムが消えた
自分で買い続けた漫画や画集本より
知らない人から送られてくる詩集本が増えた頃に
机の周りは書き散らかした紙で黒文字だらけ
背表紙の文句に踊らされた本棚
その息苦しい主義主張を一気に裏返して
全部白紙に戻してみたい
派手に色を付けようと輪郭をとろうとして
失敗し続ける線を消していきたかった
例えば 良い事だらけを書こうとして
三日も持たなかった日記
今は友達ではない女だらけの写真
燃やせば消えてくれる手紙の束や
指に入らなくなったカレッジリング
誰とも交流のないOB誌
カラフルに縁どられたもの中身は
だいたい黒いモノばかりでできていて
今すぐほしい物が出てこない魔境の家で
私は見つからない消しゴムを探し続けた
昔から使っていた消しゴム
小さく汚れた練り消しでもいいから
みんな丁寧に拭き取ってしまいたい
厠へ行こうとした時
納屋に落ちていた泥だらけの運動靴
この靴も帰りたいのだろうか
学生時代 狭い部室に真っ直ぐ歩いて
下手な絵を描いていた私
消しゴムが一番必要だった頃
私のノートには走り書きの夢物語
喜怒哀楽の激しいキャラクターたち
そして
私の描くどの線も
決して間違ってはいなかった

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節分

節分の夜に細々と二階の窓を濡らす音がして
外に人影が見えた
こんな遅い夕食時に帰ってくるのは
パチンコで負けて家に入り辛いお父さん
家内と呼ばれる鬼は
温かい部屋で猫と一緒にゴロゴロしている
パチンコに勝った現金を差し出さなければ
自分の建てた家の敷居も跨げない父が
窓の外で彷徨っている
ずぶ濡れの父が大切そうに抱えているのは
福豆ではなく ナイロン袋に入ったコンビニ弁当
そして私に
「ええか。絶対お父ちゃんが負けた事、お母ちゃんにゆうたらアカンど。
 お母ちゃん、ワシがおそうなったから、腹へらかして、機嫌も悪いか
もしれへん。お前な、この弁当渡してな、【お父ちゃんは七万円儲けた
から、明日も勝負賭けに行く!】ゆうて、出ていった、ゆうとけよ…。」
泣きじゃくる子供のような声を抑えながら
冷たい手からもらったのは 温かい幕の内弁当、二つ
それっきり 父は家に帰ることはなかった
鬼は 母だったかもしれない
鬼は 私だったかもしれない
父がコンビニ弁当でなく 福豆を買って帰ってきていたなら
ちゃんと家の鬼を退治して
自分の家で長生きできたかもしれない
父を見送って四年
季節の節目ごとに雨は降り
寒い日は節々が痛むと 鬼は哭く
毎年変わる当てもない恵方を目指しながら
幸せになりたい、健康になりたいと 鬼のくせに祈ったりする
             ✻
黙々と食べる恵方のその彼方
鬼ヶ島では鬼たちが金棒片手に鬼会議
宝箱の金銀財宝を自分の金歯に加工して
いかに次々と煎餅たちを真っ二つにしていけるかを
ニヤニヤしながら話し合っている
外界では背を丸めながら白く小さく溶かされていく者たちが
いかにモノが言えなくなっていることを
ラジオは雑音も交えて 何度も繰り返すのに
夜のポストには もうすでに
桃太郎は殺された、という訃報が 投げ込まれていた

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縁側

一日中縁側で過ごす人は
陽の目を見るのが少なくなった人だ
何を話すでもなく 寄る猫を追い払うでもなく
牛乳屋を見送って 小学生の登下校に目をやりながら
物干し竿がハンガーごと錆びていくのを
固まったまま じっと見つめている人だ
庭に落ちた葉を
数えるでもなく教えるでもなく
減ることにも増やすことにも関心なく
塩辛いお茶の味を
いつまでも喉に含ませている人だ
日当たりのよい縁側は
手押し車の茶色いミシンを出し 脱穀機をまわし
庭にはうろつき回る鶏を放ち 雑魚獲りで捕獲した魚を泳がす
土手の上をヒルに咬まれた男の足が通り過ぎ
手拭いを頬被りした女が 柄杓の入ったバケツをおろし
縁側の方にお辞儀する
そのあとを金色の丸いやかんを抱えた子供が
必死でついていく
土をいじり 水をまき
育ったものと実を結ばなかったものを
庭は映し出していた
内側から見えるもの
そこを通り過ぎたもの
そして運び出されて戻ってこなかったものが
庭先で遊んでいる
赦すことも手放すこともできず
墓守りのように座り続けた長い影も
陽の傾いた縁側と重なり合いながら
少しずつ 倒されていく

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宿題

母に愛を頂戴と 両手を差し出すと
母は遠い所を見るように 私を見つめる
朝 白い大きなお皿の上に
母の首が置いてあった
寝室の机の上にある手が握っていたのは
((少しでも足しになれば…、
という文字だった
私は
愛する、ということについて 解答するために
母の首を提出した
倫理の先生は激怒し警察に電話を掛けた
心理学や哲学の先生は大絶賛して拍手した
社会の先生は私を取材し
科学の先生は私の脳波を計った
そして医学部の講師は
母の首をいくらで売ってくれるかと
真夜中に呼び出した
ただ用務員のおじさんだけが
私と同じような解答をしたので
飼育係にさせられたという
私の答え合わせは 誰がするのだろう
愛する、ということを宿題にした人は 
一体誰だったのだろう
校舎では
警察やマスコミや大学教授やドクターが
大声でナニカを喋り続けている
母の首を抱えながら 自分の首を傾けると
飼育小屋の中にいる用務員のおじさんと目が合った
次の日 私の首が
飼育小屋の棚の上に置かれている夕刊が
出回った
どうやら宿題の答え合わせは
その先から 始まるらしい

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雨の交差点

   ── 女が女の話をするときは注意した方がいい
会議室の黒い椅子たちが話し合っていた夕暮れ時
誰かが誰かに差し出したヨーグルトの白いスプーンが
雨の交差点の真ん中で シャベルのように突き刺さっている
何で何をすくいたかったのか 忘れてしまったスプーンは
今となっては誰かを埋めた後の シャベルに過ぎない
交差点の真ん中に置かれているものは
多分 そういうものたち
濡れた道路を滑っていく物思いや憂鬱を
車がライトに反射させて跳ね飛ばし
もう一つの地下世界が 現実を下から眺めている
右にも左にも上にも下にも斜めにも
渡れる道はあるのに 私たちは
用心深い「とおりゃんせ」を 繰り返す
ビニール袋の中の二リットル水たちが太ももに何度もぶつかり
歩みを止めようとする
夜のホテルのフロントの女は 上目づかいで
「女が女の話をするときは気を付けた方がいい」と
母の声で キーを手渡す
部屋に鍵を差し込むと
地下鉄の噴き上げる ぬるい風が
背中しか見せない男たちをベルトコンベアーで運んでは
エレベーターに詰め込んでいく
みんな あの四つ角に行くのだと、
シングルベッドは言う
この部屋には父がいて
いつも遠い家族のことをなんとかして守ろうと
思案しながら眠りについたことを
枕は 私に語った
さむいことも さみしいことも
濡れることも 迷うことも
足場を失うことも
知る、交差点で 父は
〝つかれた〟と呟いて 霧になる
黒い会議室で鞄に詰め込んだ書類には
ペットがペットでなくなると 捨てに行くこと
そして又、
親が親でなくなると 捨てに行く、という
規約が記されていた
この紙切れも明日にはバラまかれ拡散され
使い回され回収できない頃
あったことがなかったようにして
土の中に埋められるのだろう
私の手の中に刺さる捻じれたネジの記憶
雨に洗われてクリアーになる視界
草臥れていくものと、すり減っていくものと
等価交換して見えてくるもの
── 私が女の顔をしている時 父は死んだのだ
雨の交差点で〝さびしい〟と叫んだ声も
何かに揉み消されるように
車はスピードを落とすことなく
黒いケムリを吹きかけながら
逃げるように
走り去る
(詩の合評会に出したもの)

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井戸のふた

雨天が続き狭い古井戸に 水嵩が増す。
私の仕事は、モノクロの写真を陽に透かして、セピア色
に変色させたあと、井戸に沈める仕事だ。夜に、井戸の
ふたを開ける。白い私が発光して浮かんでくる。黒い私
は未成熟だと、発酵して沈められる。井戸は、私と私に
境界線を引き、浮かべる者と、沈めるモノを、水圧で推
し量る。
長雨は続き、人は何かが雨を降らせているのではないか、
と噂したが、井戸は変わらず水量を増やし続けた。
夜、井戸のふたを開けると、沈めたはずの写真が、こぼ
れ落ちていた。恐る恐るその一枚を手にすると、私はこ
の仕事を辞めたいと、井戸に訴えた。それでも井戸は黙
ったまま、来る日も来る日も、浮かべる私と沈める私を、
選別して、沈黙を続ける。
(雨は 上がらない
(私も 浮かばれない
(何の 雨かもわからない
古井戸には私しか、棲まない。けれど、どうやっても雨
は止まないので、飽和した井戸は決壊した。古井戸の底
から大きなモノクロ写真が二枚吐き出される。庭に井戸
の家と、その水をおいしそうに飲む藁葺き屋の大家族。
(井戸はなぜ沈めていたのだろう、黙っていたのだろう
写し出された二枚の写真が鮮やかな輪郭を保ち、幼い私
が不思議そうに、こちらを振り返っている。
井戸は最後の仕事を終えたように大きな口を開けると、
雨の降らない空を見上げては、笑うように干上がった。
(詩と思想10月号掲載作品)

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彼岸と語る

耳の隙間から浸水してきた水圧に
古家と私の身体はただ錆びついて
歯車の音は止む
薄暗い仏壇に薄寒い軽薄が漂い
手を合わせる家族を失った遺族たち
残された者と取り残された者の会話は
姑と小姑その娘という憎しみの砦を越えて
「実家」を再現する幼年時代の話題は
齢(よわい)八十を超えた者の
記憶の中でしか遊び場を知らず
また その先の逝き場を覚悟させる
幼馴染みが何人渡っていったのだろう
(病気で、異郷で、突然死で、独りで
(なんの、知らせもなく
何食わぬ顔で向かえていた明日に
二本足で立てない未来が待ち受ける
((年は取りたくないもんだ…
緑茶すら啜らず紅茶も飲まず
湯気を立てているものすべてが
冷めてしまったことを私たちは語り合った
凍てつく外界の降りしきる雨に身体を濡らし
実家を後にする叔母の物静かな世間話が
背中に長い独りを見せつける
隣の襖から香るお線香とひしゃげた蝋燭の炎
何人分もの灯火が風雨の強弱に煽られながら
梁の上を越えて昇っていく
私の持つ小さな火も知らず燃え尽き
煙は天井を燻し続けていくだろう
この家の天井に燻りつづけ いつしか
シミのような 大きな黒い顔をして
(buoy掲載原稿)

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あかんたれの国

あかんたれや、くらい
ゆわしたれや。
おれ、あかんたれやから、くらいの
コトバ ひとつ。
死にたい、死にたい、ゆうて
生きとる。
ゆうたらあかん、おもて
ゆうてしまう、
「死にたい」が
毎日。毎日。。
おれ、あかんたれねん、と
ゆわれへん国では
死にたい、や
殺してやりたい、が
あふれて 首くくったり首絞めたり。
(誰かを悪者にな、負け犬の国)
「あかんたれ」の コトバひとつ、
軽く笑いとばしたれや。
あかんたれで 生きられるなら
あかんたれで 明日も熱くなれるなら
もう 誰も責めんですむやん。
   コトバひとつ まちごうて
   コトバひとつ つうじのうて
   いっぱい人が 死によった
じぶんのコト あかんたれや、ゆう人を
嗤う、あんたれねん、と、ゆわれん人が
いっつも 鉄砲もって 攻めてくる。
あかんたれの国を滅ぼして 
エライ国になって
あかんたれらを閉じ込めて殺していく。
   
   (そのほうが あかんやろ
   (そのほうが えらないやろ
じぶんのコト
「あかんたれやった」ゆうて 
黙ってしもうたお父ちゃん、
お母ちゃんは泣きよったけど 
お父ちゃんは カッコよかった。
その遺言のつづきみたいに 
私はあかんたれの 詩ィ書きよる。
あかんたれの国に 生まれて
あかんたれの家で 育って
毎日
死にたい、死にたい、ゆうて
生きとる。
ほんま、
迷惑な話やでェ。
(bouy掲載原稿)

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