幻の人

バスの隣の席で 私の名をしきりに呼ぶ男がいる
私には 知らない隣の人
しかも 違う名前で呼ぶから 
私を呼んでるとは思えない
隣の男が手を握ってくれるのは
私が寂しそうだからというが
私は そうされることが 寒かった
男の手の感覚しか覚えていない
私は 彼の方を向かなかったから顔も見ていない
彼が呼び続けたのは 私の本名じゃないから
お互い知らない人のまま バスに揺れていた
男は名残惜しそうに 
私に似た名前を呼びながら バスを降りた
知らない人だったけど 悪い人ではなかった
もしかしたら 私は彼と同じ場所で
降車したかったのかもしれないけれど
彼が呼んでいたのは 私じゃなかったから
お互い幻の人のまま 手の感覚だけで
愛し合ったみたいに別れた
私はこの街にいる私を 私とは思わない
そしてまた 私の追いかけてきた人も
幻の人 その人であった

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私の中心

今 私の中心に私はいない
好きだった男に 中心を持っていかれて
棄てられたから
私は スーパーのゴミ箱や
彼とはぐれた バス停に
私の真ん中が 落ちていないか探し歩いた
寂れたアパートの水道管の中や
新生活を始める為に自宅から持ってきた
鍋の底にも 手を入れては
突っ込んでさらえてみた
一生懸命探しまくった私の姿をみた彼は
「予想以上に汚かったね」と、いうと
私の中心をポケットから 取り出して目の前で
嗤いながら 握り潰した
日本の中心で 今日私が殺されたことなど
勿論、明日の新聞にも載りはしない

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私を待つ

詩を待つように 私を待つ
たとえばバス停
駆け込み乗車して
時間に運ばれていく人と
置き去りにされる私
発車したバスがベンチから遠ざかるスピードで
私たちの溝はできてゆく
同じ街まであなたを
追いかけてきた情熱に
私は乗り遅れてしまったのだ
じろじろと私の荷物の中身を
透視しようとする
小賢しい人混み
私は守る
私の住民票
私だけの記入欄にいる あなたの名前
真実味を帯びた嘘みたいな名前
大切に抱えて 泣き出したのは
私があなたを追いかけすぎて
私を 見失ったから
私は 一枚で二枚の紙切れになりたかった
いつかは 名前ごと
燃やされるのだから
あなたと 灼かれたかったのに
バス停で産まれた孤児が
柔らかな詩をかくように
「私」をお待ちなさい、と
また この時刻に服の裾にしがみつくので
もう一人の私が
産声を…
発車させてしまうしかない
抒情文芸  清水哲男 選  入選作品

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手紙のような

東京に来て 一週間足らずで死ぬ
入居前前日に 薬を飲んだらいいよ、と
投げ出された薬の粒を 拾い集めながら
どうしても足らない錠剤の分 あなたの都合を呪う
副作用が頭にのぼり それでも
洗濯物だけは 取り込んで
明日入居するはずだった
ワンルームの間取りに
衣装ケースや冷蔵庫の位置を示した
大きな藁半紙を 枕元に置いて寝る
ささやかや未来の夢が 見れそうで
あなたが この紙切れが
私が信じた総て だったと 泣いてくれたら嬉しい
そんなはずない
投げ出されたのは 荷物と私
荷物だった私
滲んだ希望に 私は笑顔で映らない
田舎モノが三畳個室のホテルの
一番隅角部屋で 死んでいたら
情けのある東京人は 「東京を汚すな!」
と、いい
情け容赦ない東京の風は 私の身分証明書だけを
黙って 抜き取るだろう
あの人は 言った
詩集は遺言なんだ、
その時、その時にしか、書けない遺書だと
私は今 遺言という詩集を
叫んで書いています
これは詩ですから 虚構です
ただ、枕元に置いている
冷蔵庫や洗濯機 衣装ケースの配置図も
詩集に入れてください
そして願わくば
明日 新居に届く お揃いのお茶碗と箸のこと
一つでは 用が足せない可哀想な
使われないモノたちのことを
遺言という詩集に 載せてあげてください
私はそのぺージで あなたのことを 見ています
さよなら 私たち

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切り裂きジャック

ダンボールがズタズタに切り裂かれて 
ベッドの下に押し込んであった
当然だよね
片付けておいてね、って言ったの、
私だもん
田舎から都会での 新しい暮らしに馴染むために 
箱に入れてきたのは
お茶わんや本や衣装ではなく 真新しい私
裂かれたダンボールは どんなに強いガムテープでとめても
型崩れして もう箱の形を留めていない
もう、この箱は 私を入れて 自宅へ帰してくれない
破れ目を繕うように
針と糸で 縫えたなら 
私たちは やり直せたかな
繕い物で取り繕ったような ダンボールは
窓からの隙間風でも 簡単にへしゃげる
古紙回収の日に ベッドの下に詰め込まれた私の遺体たち
ビニール糸でグルグル巻きにして 自分の手で片づけてゆく
もう、家じゃない処へ行くんだな
私は自分をゴミターミーナルへ放置すると
廃品回収車に押しつぶされて プレスされた
その時やっと見えたのだ
締め切ったアパートで独り 
私を片づけなければならなった 切り裂きジャック
彼をズタズタに裂いたのは 他の誰でもないこの私

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晩夏

先ほどから頭の中を 潮の臭いが通過している
文字と文字の列の間に 空洞を見つけて
遊ぶ子供が 砂場でカラカラ笑う
 (ホラ、ミテ、コレガ、ボクノ、ホネ、)
そんなレトロな歌が 浜辺に流れ着くと
ポツン、と 置かれた巻貝が
笑い声を リフレインする
          ※
浜辺に辿り着いた 白い半ズボン
その股間から 赤い小さな夕焼けが滲んでいる
今日した遊びをほったらかしにして
シャベルを突き立てたままの
砂の城を 後にする

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吠える

食べても食べても、淋しさが埋まらない。
だから、腕を噛んで、千切って肉を食べて、空腹の内蔵を食んで、
食べ物の匂いを消すために、鼻を千切って、
食べ物が見えないように、次は目をくり貫いて、
食べても食べても、埋まらない淋しさに、
私の残りかすをハイエナがくわえて、晒し者にしたあと、
喋る歯だけ残すから、私はまだ寂しいと言って噛みついてしまう。
淋しさとはそんなものだ。
言葉は泣き続ける。涙が吠える。
そして、私は孤独で他人に噛みつく。
捨てられた野良犬のような目をして、まだ主の言いつけを信じたくて、
がむしゃらに 生きる夢にしがみつく。

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マッカラン行きのバス

こんなネオンの華やぐ街で あなたは暮らしているのでしょうか
高速道路からでも立ち並ぶ マッチ箱の灯りの何処かに
あなたの名前を 探しています
あの日泣きながら バーテンダーが繰り出すマッカランを
浴びるほど飲んでみたいと 潤んでいたあなたは
私の涙腺の端しっこに 住んでいます
バス停から乗車してくる群衆に 乗らなかった人
それがあなたであったと 知る頃には
次の停留所に向かう放送に 面影は追い越され
距離だけが 植え込みの並木を見送って 長い影を走らせます
よく変わるチェーン店のように あなたがまた遠くへ
引っ越しては明るい暮らしに 馴染んでいると知りました
(プロポーズされました、春、桜だったものが、秋桜と呼ばれています。)
ポストに一枚 そんな病葉のような 葉書でも欲しかったのです
私はただ あなたが乗り遅れたと言い訳してくれたら
マッカランを 浴びるほど飲ませたくて
酔った勢いで やり直そうと
もう決して言えない言葉に 焦がれながら
あの日浚われた言葉が 乗り遅れたどこかのバスの停車駅に
まだ 灯ってはいないかと 家路にたどり着くまで 探しています
マッカランの色に酔っていたのは 私の方だと噛み締めながら
二人座ったカウンターは 廃業したのですね
多分 もう一杯飲めると笑ったあなたも
それに怯えたマスターの顔も 私の乗ってるバスは知らない顔で
いりくんだ暗い【し】というトンネルを 抜けきれず
私達は 急ブレーキをよけきれないまま 飲酒運転で 死にました
あなたは桜に戻って 私はあなたを照す月に変わって・・・

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短歌日記

眠れない夜の隙間にとけてゆく名前を呼んでカムパネルラ
エアコンと冷蔵庫の音が響きあうここが私の夜の帝国
土曜日の夜は長いと靴が鳴る行交う夜のラブソングたち
憧れた花の都の片隅で小さな恋を育みたくて
夢を見るあの人の夢に夢を見る自分探しの入り口は私?
この恋にサヨナラなんていわせない見知らぬ顔して寄り添う二人
指先が湿っているの私たち見抜かないで私の太陽
愛、シテル、じゃない愛をする愛の意味すら知らないままで
死ぬまでに指折り数えることがある何回言えるの「好きだよ好きだよ」
生活や仕事で疲れる君のため背伸びしたキス言葉を添えて

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ボディレンタル

名刺を交換するように 
お互いの身体を交換する
いやッ、
あの
好感覚の感触が
指で 語る
お互いの一日の
良い所々について。
あ、

母音を胸に置き
胸を触りながら
吸う私の男の為に
いッ、
という
イイ所に痛みを
動かしてみる
私たちは
名刺を交換するように 全てを明かす
貸し切ったホテルで
白い胸は震え 彼はそびえ立つ
二つの裸は陰を潜めたまま
青白い贖罪の涙を流し
赤緑の血の報いを交わす
一夜
あなたを貸し切って
私はあなたを閉じこめたまま
夜の扉を開けて 黎明の窓に帰る
名刺を交換したのだ
勿論
彼の体にも
私の名刺が赤裸々に
浮かび上がって
彼を脱がし続けている
今度 二人出会ったら
目が合うだけで
私は彼に犯され
私は彼を犯すだろう
仕組まれた罠のように 名刺を交換する
彼は気づかないまま
今日 舞台で 晒し者になり
赤黒いキスマーク身につけ
多くの人の喝采を浴て
客席に向かって ストリップしている
同じ覚悟で 私は羞恥の目に晒されている
私は さっき 道行く人に聞かれたのだ
(キミ、ハダカノママデ ドコマデイクノ)
と。

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