正体

西日の強い秋の日に 
燃え落ちた赤ピーマンの残骸に目をやりながら
駅前のツタヤと惣菜屋へ向かう
ジャーのご飯に合う惣菜を
ツタヤで十代に戻れる私を
選んだはずなのに
コンビニでトイレを借りたら
便利にみんな 流れていった
とぼとぼと 背中に西日を背負いながら
今まで歩いてきた道を ノートに書こうとする度に
両親からの留守電話が 引っかかり
その後 見送る「夕焼け小焼け」
曲がり角をすれ違う妊婦は
地面を見ていたのか お腹を見ていたのか
俯いたままで 歩いてゆく
それは 当たり前の幸せを宿して 不安を抱えた子供
赤く熟れて落ちて逝く ピーマンの未来にも似ていた
誰の上にも広がる夕焼け空の下で
赤くなれない種なしブドウが私だと
自分に言い聞かせて 安心したふりをする
当たり前の幸せの後ろについてくる
影のことばかり見えるから
西日が沈むほどに 
私の正体は 黒く長く伸びては
この街に 沈んで消えた

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香水と煙草

見つめ合う 香水と煙草
出会いと出会いが通過していく、お互いの横目で
記憶を垣間見る 痕
口紅では 押し付けがましい
ネクタイでは 束縛し過ぎる
灰色の街を 太陽が落ちて焦がした 焼け跡を
覚めた夜が呼び止める
香水が煙草を脱がして 火を灯す
踊る匂いが 一瞬にして 千億のシャッターを切り
マルボロの強さで 引き寄せたまま風に乗る
私の足元に 香水の空きビンと煙草の汚れた灰皿
空き箱になった暗室で 秘密だけが たちこめる

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現代病

私の身分証明書を コピーし続けるバイヤーの友人は
お金半分と 見えない敵に脅されている
アパートの向かい同士に 姿のない隣人
電気のメーターの数字の物音だけ上がる
チカチカするディスプレイを
流し読みして指で止めると
次の街まで一気に辿りうけるようになったのに
宅配ピザが 深夜徘徊
ハンドルネームで呼び合う
今日限りの恋人同士が
変人に変わりました、と
三面記事
私は 昔の左手首にある 太い筋傷を眺めながら
窓から見えない 木のことなどを 中途半端に想像して
外の景色を画用紙に 美しく描いて見せる
震えながら 布団にもぐりこんで暗闇に溶け込む頃
新しいウィルスが 光に乗って
世界を侵食し始めた

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生きてはいけない

まず、お茶碗を洗いなさい。常識を覚えるのです。
つぎに、旦那のパンツを毎日 洗いなさい。愛を育むのです。
さいごに、幸せだったと言いなさい。約束を守るのです。
はい!
せんせい。せんせい!
質問していいですか?
お茶碗を洗えない片手のひとは、常識人にはなれないのですか
旦那様がいないひとは、愛されないのですか
約束を守れないひとは、幸せになることができないのですか
常識が邪魔をして生きれないのです
せんせい。せんせい!
こたえてください!
生きなさい、とは 逝きなさい、との
同意語ですか? 類義語ですか?
もう、せんせいすら、 答えてくれないのは
なぜですか・・・。

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乗り合わせ

平日午前十一時四十分発の
高速バスに乗る人は 
どこか イワクつき
一番初めに声をかけてきた おじさんは
昼間から泥酔していて
小さな透明のペットポトルの中に
日本酒を入れていた
「お嬢ちゃん、いっつもなぁ、この時間は
空いとるさかい、時間より早うバスが来るんやけどなぁ~。」
好い気分で分厚い唇から酒臭いにおいが
暗い鉄橋下の高速道路を 益々錆びつかせる
訳ありのセールスマン
同じ安いビジネスホテルから出てきて
何処へ行くのか
黒い重そうなキャリーケースを側に置き
秘密書類を見るような鋭い幾何学の視線
が、映す 腕時計の針の一秒先
流行りの布リュックにカンバッジを幾つも付けた
二人連れの女子中学生は 乗車と同時に
スマートフォホンで 無言の会話
切符には 囚人のように 赤い数字の番号
私たちは 何処に向かうのだろう
道路から私たちを覗き見していた
巨大な看板たちから バスが逃げ出すと
真っ黒いトンネルが・・・
巨大な口を開いて 待っていた

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濡れ落ち葉

都会の住宅街の歩道を 年末を迎えようとする空から
心臓に刺さる零度の雨が 濡れ落ち葉にも突き刺さる
若葉だった頃 親木が大切に繁らせた「父」という葉は
厳格ではなく 風が吹けば吹くままに
アッチにふらふら コッチにふらふら
やがては 対になった葉にすら 見捨てられ
結んだ木の芽に 軽蔑されて 罵声を浴びても
風の吹くまま気の向くままに 酒を飲んでは赤くなり
脅されては 青くなり やがて冬になる頃に
葉の先が黒く染まって 癌に巣くわれ血便垂れる
それでも 悔やんだ歳月を 取り戻すように
働くことだけやめなかった
(自分が死んだら 誰が家族養うんや)
(お父ちゃん 宝くじこうたから これで九州に家族でいこう)
そんな言葉 普通なら もっと早くに言うのが良い父親です、と
人は言うかもしれないが
血便の付きのズボンを自分で洗っては 家族に心配かけないようにと
箪笥の奥底にしまいこんでも 今更九州になんて行けない身体
私は都会の雨に打たれながら 雨に濡れた落ち葉を掃く
掃いても掃いてもアスファルトにこびりつく 濡れ落ち葉
赤黒い血便を垂らした父の 焔のような決意が
どうか安い箒で簡単に 掃き捨てられてしまわないように
特に 私のような弱虫や 
川の字に手を繋いで歩く幼稚園児の靴になど 
決して 踏まれませんように

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ぶらんこ

ブランコを こいでごらん
ここに座って ゆっくりと動かしてごらん
ブランコがわたしを喚ぶので 
わたしは赤い夕焼けをスカートに隠しながら こいでゆく
赤い空に向かってだんだん 滲んでいったのは
わたしの中を 巡る水
スカートの下の暗い夕暮れが わたし一人を責め立てる
夕焼け空とわたしは 世界からはみ出したまま飛んでいく
ブランコをゆすると わたしの胸も小さくふるえて
セーラー服の下の平らな胸は 少しずつふくらんで
幼い痛みに芽吹いてゆく
それでもわたしは夢中でブランコを こいでいた
ブランコの振り子が 天に届きそうな頃
わたしは沈んで堕ちてゆく 大きな赤黒い太陽に向かって
真っ新な白いスニーカーを蹴飛ばし 一番星にしてくれてやる
真夜中になってもわたしは ブランコをこぎつづけた
冷たい鎖をしっかりと掴んだ手の方角から 
暗い闇が押し寄せてくる
地下のマグマが ブランコを突き上げようと 振動する
わたしは こわくて 固く熱くなる鎖にしがみつく
ブランコは 小さな宇宙を渡る船だ
ブランコのなかでわたしは 一度死んで もう一度死ぬのだ
空を渡る船を わたしはこぎつづけなければならないのだ
変態を繰り返すわたしに 
今度はブランコ自身がわたしを 前にも後ろにも激しくゆさぶる
ブランコは 逆送する時間を刻む振り子だ
午前零時の数字に消して 短針の行方をくらますたびに、
わたしは、あああああ、という 自分の文字が暗い空で 
流れては溶けてゆくのだけを知る
前にも後ろにも苛まれながら
無くしたスニーカーの片方を
もう片足で見つけなければならない距離を
噛みしめる
夜空の脇腹から剥がされると 
わたしは昇りつめていた坂を さかさまに堕ちていく
朝 わたしは決まって夜の公園で まだ独り 
ゆれていたブランコのことを 思い出すと
いつも座っている椅子を赤く染めてしまう
茜空に消えた白いスニーカー
あの靴が わたしの片割れ
真っ赤に 染まった私を揺さぶる
裸のままで 泣いてる少女

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青い骨

左手首に巻き付いた羅針盤が 重い
針が進むたび あなたの温度は青白く
凍える海を目指してゆく
万年筆の先を
指に刺してでも 温もりを
あなたに注いであげたいのに
あなたは 時に苛まれながら
私の体へ少しずつ 遺言状を書き写す
(僕が死んだら、海へ散骨して欲しい)
私の体に沈んでゆく
あなたの声を忘れたくなくて
喉仏のあたりを 私は緩く齧る
左手首を締め付ける 海を指した羅針盤
あなたは 早く軽くなりたいと
もう一人の自分に 憧れながら
ノウゼンカズラが 項垂れて
落ちて逝く夏を呪うように羨望する
(来年もあの花を、二人で見られるだろうか)
海は、とおい、と、うねりをあげて
私達の 今夜を飲み込むだろう
夜の海に 染め上げた指で 
私はあなたの尖骨を ペン先にして
遺言状を 二通書き終えたら
きっと 私は二度死ぬだろう
とおい、と、海鳴りは 響く
左手首の羅針盤 針は重なり合ったまま
今、息を止めた

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マヌケな家政婦

片づけておいてね、って 言った
私の責任だとしても
鞄という鞄の ファスナーもホックも全部
ジッパーは下ろされ パックリと口を開けて
私を 逆さまに覗いて笑っていた
自分では見つからなかったモノすら
見つけられてしまっては
机の上に置いてあったし
窓際の洗濯鋏やハンガーには
恥も一緒に吊り下げられていた
片づけておいたよ、って
あなたは確かに言っていたのに
部屋の真ん中に置かれた鍵付きの
特大キャリーケース
ポツンとそのまま 置かれてた
 当然だよね
 鍵を閉めたまま
 鍵だけ持って帰ったんだから
 悔しかったでしょうね
 その中に あなたが一番みたい秘密が
 入っていたんだから
もう決して 開かないキャリーケース
もう決して 瞼を開くことのないあなた
片づけて 片づけて
私は 泣きながら
冷めた箱に キスをする

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返品不可

あたし、夜の街が好き
あたしの知らない街の飲み屋で
みんな あたしの噂話をしているから
 (オヤジ、靴下は脱がさないけど、下着は下まで下ろしたがるの)
スカートの中身を楽しむ ゲイシャガールたち
話に赤い灯が あかあか 灯る
進学校、制服男子の集団コンパには 
持ち寄りの小銭で貸しきる高い宴会場
背が高くなりたい 男の子
ホテルで仰向きになって 肉食ってるマグロの刺身が
楽だの 楽でないだの
体中の痣の赤身は シップでベタベタ貼って置いて
ラップで巻いとけば 綺麗な所だけみせれるよ、って
今日の 折込チラシにも入っていたし 
駅前で ティッシュと一緒に配ってた
ブクブク膨れていくお腹
たぶん子供がいるのね
誰とも交われなかった 悲しい子が
お腹の中で お腹をすかして全部みていた
さっき コンビニで
ちょっとばかり高い充電器を買っていたコ
そしたら いきなり
「お客様 当店は返品不可でして・・・」
なんて 若い店員に 見掛けだけで言われちゃって
そのコ
五倍のお金を支払って
「お釣りいらないから」って 鼻で笑って出て行った
それでも 家には帰れないんだろう
両親に 新しい家族と故郷を つくってあげたのだろうけど
扉を開ける鍵を 街で失くして
錆付いてしまったままの 冷たい門は
二度と 開くことはない

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