靴底

夕暮れチャイムの音を 靴底で踏む
冷めた指で掴みたかった夢は
温い毛布の中のちがう体温
斜めに闇を切り裂く車のライトに
いくつもの私の顔が 現れては消されていった
パンプスではもう歩けない距離まで
重い足を引きずりながら
自分の影を踏みしめて来た
両手には 夜食袋の重さが 
指にのしかかる
 (冬至までは冷え込みますから
 (お体に気をつけて
誰が言ったか分からない伝言のような言葉
思い出しながら 路地裏に入ると
夜をつれた 黒い冬が私を覆う
 (オトウサンガ ニュウインシタノ
 (シンパイシナイデ、ケンサニュウインダカラ・・・
足先から しんしんと捉えてくる
粘りつく冬の影
私が私でなくなる温度に 侵されてゆく
流れるライトに炙り出される 寒さの正体
動けるだけの力で 白い気配を 靴底で蹴りつける
抒情文芸  154号 清水哲男 選 入選作品

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「鬼」。。。

歩く。歩く。。
歩いても。歩いても。。ピリオド。。。
真夜中の買い出し 捻挫した足で歩いても 恵方はない。
八方塞がりな時は天が空いている、と、
見上げた闇夜は 三日月の薄笑い。
私の見えない陰の部分を 時折擦れ違う車が
引き伸ばしては 引き殺して 逃げて行く。
歩く。歩く。。
後方からついてくる涙の粒。。。
私の姿を切断する横断歩道 白と黒の非情な厳しさ。
(こんな時間に家族に巻き寿司を。
(こんな時間に鬼退治。
(オニハ、ウチ、 オニハ、ウチ、
引き殺された私の影が呪え、と、指差す方向に 家族。
(お父さんが 眠れなくて暴れてる。
(お母さんが 泣いて 臥せってる。
(オニハ、ウチ、 オニハ、ウチ、、
歩く。歩く。。
交番に駆け込んで 「お巡りさん」、と、小声で呼んだ。
お巡りさんは パトロール。
締め切った家々の 巻いた豆の数をかぞえるために。
(節分には冬と春の隙間から 鬼がでるからね、、
歩く、すぐ前を 広報板に張り付いた 指名手配の鬼の首 無言。
ふるさとには、鬼がでるよ、
止まらない句読点のような接続詞、スマホからは、 声、声、声、
(怖いから田んぼに埋めてしまえ。
(こんなものを持っているから 私は便利に生きてしまう。
(コンナ、ベンリ、ナ、オマモリ、ヲ、
スマホのお墓に 御線香をたてて 水をまいて声がなくなると
私の両肩にのしかかる 不安。
(家には巻き寿司を待つ家族、
(豆を持って帰れば、それで私は、退治されてしまう。
背中の荷物が カタカタ 鳴る。
私が背負っているのは 何、
私が持っているのは、
私は 何、、。
(オニハ、ウチ、オニハ、ウチ、、オニハ、、、、

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おとぎばなし

大正元年生まれの祖母は、当時中学生だった私にはとても大きくて、
昔の家の水回りを守り続けるような人でした。
けれど、セイジ、とか、シソウ、とか、ヨロン、というものには無頓着で、
毎日お茶碗を洗うように、水に流して過ごしていきました。
父が祖母に、「おかあ、おやつ!」と言えば、
祖母は「これでもくろとれ!」といって、ブーーーーツッ!と、
一発、父に浴びせては、「屁は出で良し、鳴って良し!そこらの埃も、取れて良し!」と、
笑い飛ばすよな豪傑だったと、聞きます。
日本の教科書が、「はと」、「まめ」、と書ければ、女学生と認めた時代、
祖母の口癖は「千両蔵より子は宝」、でした。
けれど、平成二十七年。
祖母が死んで幾十年が経ち、おやつ、おやつ、と、
祖母の着物の裾を引っ張っていた父すら、世の中に追いやられていき、
とうとう寝込んでしまえば、無視できなくなった、
シャカイ、とか、シソウ、とか、ヨロン、とか、セイジ、とか、、、、。
介護保険を支払っているから、とか、よりも、ガイコクジンヘルパーを雇用しても、
人数が足りない老人大国、日本の国の片隅で、私の家は病院通い。
入院しても看護婦さんが、ツレナイのは、お金を握らせてないからだと、
どこぞの高級ホステスか倶楽部に通うかのように、錯覚していく父。
いいえ、本当はそういう仕組みになっていたのかのかもしれません。
とぼけてしまった父の話ですから、何とでも誤魔化せます。私も。病院も。
人の命が地球よりも重いなどと、教えた人は伝説になりました。
その説が本当の話であったならテンノウヘイカ、が死んでも、私が死んでも、
同じくらいの人が、同じ悲しみを持ってくれますか?って、
センセイみたいな人に聞いて回りたい。
例えば、お父さんみたいなおばあちゃんに。
ソウリダイジン、とかクニが決めた、ソシキ、とか、キギョウ、とかの
シホン、は、お金じゃなかったの?シホンと、キホンって、
どこですれ違っていったのかな?
「千両蔵より子は宝」って、言っていたおばあちゃんが消えた日、父はいい放つ。
「出ていけ!金さえあればお前の世話になんかなれへんわい!」
母が追い討ちをかける。
「私かって、お金さえあれば、あんたらの世話にはならんと、一人で快適に暮らせたのに!」
いつか、おとぎばなしに、なればいいのに。
蔵の建たない家の話。
役に立たない子供の話。

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長い赤

どす黒い青のままで
短い春を 終えることに憧れる女子高生は
制服の下に隠した 無邪気な残酷さと無気力を
折り畳んで 卒業する
ホタルの光り、といえば
見上げたマンションのベランダに タバコの光り、を
ポツリ、と思い出し
自分が小さく燃えては やがて棄てられる
吸殻であることについて安心する
手に持たされた一本の短い線香の薫りに酔うことは 容易い
(夭折することは 美しい。
(私ハ、惜シマレナガラ、死ンデユク。
(ダレカ、ワタシニ、ナミダ、ヲ、チョウダイ。
社会は汚い
働いたこともない 真新しい心臓でも引きずり出して
誰かに見せつけてやりたい、のに
私を産んだのは その汚水にどっぷり浸かってしまって
縮こまったみすぼらしい オカーサンの、お腹
長い赤が 私にまとわりつく
未だ 赤黒い炎の中に うずくまり
呼吸することさえ 一人では出来ない
(生きる事に 意味なんてないさ。
(だけど 生きてみる価値はある。
(すると長生きしてしまうから 厄介だがね。
外はいつまでも 脱水症状
私は足を引きずりながら 何もわからず闇雲に歩む
いつか私も母と同じく 窪んだ目をして 曲がった指で
なついてきた捨て猫にでも 諭すのだろうか
長い赤を生きること
生きているものすべてに 赦された赤のこと

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麻痺する指先

「非常ベルが鳴らしてみたかった」と、
その男の子は 泣きながら
お巡りさんに謝っていた
毎朝電車は ラッシュを呑み込むと 靴の群れを吐き出す
腕時計の長針先より 先にスマホ
乗り換えの電車は 急行より特急
徒歩よりは バス
車内には向き合う小学生高学年女子
の、喋る 今日の授業内容
「オカーサンたちって、昼ドラ、みたい。」
「アアー、ドウシテ、人、殺シチャ、イケナイノカナ。」
バスはいつもの角をいつも通りに 直角に曲がる
スピードを あげることもない
乗り込む人、喋る人、立ち上がる人、携帯が鳴る人、
全てが 無関係のままの 乗り合わせ
ーーー確信は されていた
ナニかに遅れてはならない。退屈で忙しい日々ーー
中央線 飛び込む自殺者に 舌打ちする音
ビックリして 切符が取り出せなくて 舌打ちされた音
上手く喋れないから 見てるだけ 聞いてるだけ
同じフィルムが瞳孔を開かせたまま
焼き付いて夜しか見せない
見たくないと思えば 乱視になる
聞きたくないと思えば 都合よく難聴になる
感じないのに指先だけ 聴くことをやめない
ーーナニかに遅れたいと思いながら 進まなければーー
地方テレビが取材している 黒枠の中の少年は
【人騒がせ】
という、カギカッコ、で、括られた
カギカッコにも入らない 私の指先が
非常ベルを 押したがる

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マスク

インフルエンザが流行り出すと
白いマスクが 飛ぶように売れる
ウイルスに感染しないため、
みんながみんなでしたがるマスク
唇から 漏れるイントネーション
頭も つられて 上がったり下がったり
地方出身者だの、田舎者だの、と
都会人に ウイルス拡散
山手線では ゴホンと注意の咳払い
誰もマスクをつけたがる
他人とは喋りたくない 関わりたくない
それなら見えない声を 電子通信
いつでも光のウイルスは
マスクの壁を越えて声を出す
マスクの下の唇が 赤過ぎたなら
白い色で覆い隠せ
口の端を 歪めて笑っていたならば
マスクは顔を綺麗にみせる最高手段
総菜屋店員の帽子とマスク
衛生管理という大義名分
喋らない、喋らせない、アジア系出稼ぎ人を
マスクひとつで 隔てれば
速やかに 地方弁、母国語を
バックヤードで シャットアウト
口封じされたコトバたち
白い帽子とマスクの間から
覗く、黒い両目の真ん中で
何色にも染まりたくはないのだ、と
境界線を 睨んでは
朝から朝へと 叫んでる

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腐る野菜

田舎からダンボールで送られてきた
白菜、大根、里芋に 手紙
走り書きで 手入れが行き届かなかった、という
詫び状が 一通
私が手伝っていた畑 耕していた土地を離れて
間もない冬の朝一番で 届いた野菜
ずっとこのアパートで暮らせたならば
食べきれた量かもしれないが
意識不明の父と交代で送られてきた 野菜
食べられないまま 実家に帰る
ごみ袋に さっさと仕舞えなかった それらが
日を追う毎に 臭いを放ち黒いカビが生えていく
(父の体にも黒いカビが生えていたことは 知っていたのに)
ごみ袋には捨てきれない想い
ごみ袋では閉じたくない未来
今更どんなに喚いてみても 黒からどろどろの水になる野菜
(父の体に溜まっていく腹水と 頭にはノウスイショウ、
モウ、アト、ハ、時期ヲ、待ツ、ダケ、デス・・・・)
毒素は身体中を巡って 父を壊した
私の本名を知らないお父さんが 育てた野菜
白菜、大根、里芋
そして 行き届かない娘
父を腐らせた私に 一通の封書
走り書きの ひらながなと漢字
「ねえちゃん、はよう帰ってきて、
今度こそ皆で仲良よう、暮らしたいんや、、、」

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向き合う鏡

食器を洗っている時に 現れる私の子供
ご飯を食べたばかりなのに 私を見ながらスプーンを持って
お皿をカチャカチャ鳴らしては はしゃいでいる
私はお前に お匙でご飯を掬ってあげれらないのよ、と
言ってしまえば お前は悲しい顔をして消えていく
私が部屋を片付けていると 散らかす私の子供
お願いだから良い子にしていて、と やさしく諭せば
ちゃんと絵本を一人で読んで きちんと座って待っている
私はお前を産むときに 夢の翼を捥いでしまったのだ
その証拠にお前の背中の二つのでっぱりが
空を飛んでみたいと ふくれている
甘えることを拒絶させてきた 私の胎内の遺伝子意志
強い子におなり、良い子におなり、何かをして見せなさい、
そんな言葉に耐えて来たお前の憤り 背中の二つの哀しいふくらみ
お前の食器を鳴らす音が消えると 私は哀しくなる
お前に絵本すら読んであげられない自分の貧しさを お前に詫びる
お前は誰からも笑われることなく育ち 誰にも笑いかけることができない
立派と呼ばれる大人の振る舞いを覚えては 失くしてゆく夢に追いすがる
 (ヘビが赤い赤い舌をチロチロ出して お前を舐め盗ろうとしている・・・
お前の夢 お前の道 お前の未来
それらを奪ったのは この私です、と 
責める事も責める言葉も教えないまま 大きく育て上げました
 (ヘビは赤い赤い舌であざとく舐める、子供の道は血より紅(くれない)
私が母親の真似事をすると 現れる子供
走り出し転げまわる笑顔や 朗らかな笑い声
私がてしおにかけて殺めてきたものは おそらくそういうお前の姿
 (ソレデモ、オカアアサンガ、ダイスキダヨ、ッテ、イッテ!
天に属する者をヘビの子に変えた呪いが 
私の体を這いずり回り 重く冷たい陰となる
 (ソレデモ、イツカ、ボクヲ・・・・  シテ!
「肉体」という檻の中で 決して笑うことのない私とお前
ミエナイチカラに繋がれたまま 瞬き出来ずに向かい合う

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女の人の持っている鞄が気になってしょうがなかった
遠くへ行けば行くほど 鞄を欲しがる様になっていった
ピンクのショルダー 
黒のハードな合成革に金の鎖のアクセントの物
軽量ダウン地のブラウンのトートバッグに
ストライプは青と白のマリンバッグ
アフタヌーンティーのドッド柄のエコバッグに
果てにはレジャーを模したトレンドリュック
彼女たちを彩る 鞄が気になって仕方がない
ひと夏で 切り捨てられる物もあれば
擦り切れたり千切れたりするまで使う
一生物の 鞄もあっただろう
大切に使われたと 静かに自分の役目を終えることの尊さを
味わえる鞄が ショーウィンドウにいくつあるというのか
期間限定だとか、レアだとか、季節の変わり目に
女心の目に留まるそれぞれの 道標
鞄は 彼女たちと 何処に連れて行かれるんだろう
私は たくさん鞄を買った
そして使わないまま 眺めて満足したら
何処へいったか なくしてしまう
オーダーメイドのものもあれば 友人が作った物もあったし
ウソかホントか ブランドモノもあっただろうが
どれも私の一生を 共に飾ってくれる物ではなかった
私は 服はいらない
私が欲しいのは 裸の赤子が安心して入る鞄
そこでごろごろ眠る私を
一生大切に肩や背中にかけて 運びまわってくれる女(ひと)
今日 真新しい赤い鞄が
青い透明なゴミ袋に入れて捨てられていた
中身を 確かめる勇気はない
「文芸詩誌 狼 24号  掲載作品」

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うそのそと

うそのそとに いつわり
うそのそとに いいわけ
うそのそとに くちがあり 
くちがあれば うそをはく
嘘から覗く虚ろな社会の本音で悪口 三枚舌で赤く丸める
嘘が強かに実しやかな熱弁を振るい 人は溺れて舌を巻く
嘘が腹を抱えて笑いながら 寡黙なウイルスが噂になった
うそのうちがわで なく
うそのうちがわから でれなく
うそのうちがわで だいてみせて
うそから 「嘘」を みせないで
うそのそとに すわり
うそのうちがわに あこがれた
いなかものの むくな、夢
のっぺらぼうの なくしたしたが
あしあとつけて こうしんちゅう

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