『くり屋』50号から

木村恭子さんは『くり屋』という小さな個人詩誌を出されている。この小さなというのは、詩誌の大きさのことで、もちろん内容のことではない(あたりまえでした)。たいがい身近なところから物語は始まるのだが、気がつくと迷路につれこまれているというパターンが多い。それも超近代国家的迷路ではなく、時代設定なしの一見長屋風である。あっヒト!みたいな感じ。と、わけの分からないことを書いているが、簡単に言っちゃえば、木村さんの作品はどれ読んでもおもしろい。ぱかっと明かりを灯してくれる。それで今日『くり屋』50号がきたので、その中から一番短いのをひとつ。(迷路はちょっと長いので)
      隣       木村恭子
  その家の玄関に初めて立った時 隣家の厠の窓がガシャンと開き
  誰や?何の用や? と怒鳴った 素性を言うと ピシャッと窓を
  閉めた
  その次 にわか雨に気づかないでいると 勝手口にステテコで現
  れ「おいっ 洗濯もん」と怒鳴り 何か短く言い足して帰って行
  った 勝手口といえば 捕れたての魚をぶらさげて立っていたこ
  とも 何度かある 「食わしちゃってくれえや」
  次 祭りの週には紙垂を配りにやって来た 受け取ってから ハ
  テ これも仕事の範疇であろうか否かと 白い紙を見つめている
  と 「やりかたも知らんのんか 何でもできにゃあ おえりゃあ
  すまあが」 さっとそれを奪い 以来毎年 町内会の張り巡らし
  た生垣の注連縄には いつの間にか 紙垂が飾られていたものだ
  その次は ダイニッポンカブシキガイシャ(自称)がやって来て
  屋根瓦の点検をさせよとしつこく言いつのった時だ 閉口してい
  ると ダイニッポンの背後から 「その人にゃあ 何言うても分
  からんどお 他にゃあ誰もおらん」と隣が大声をあげた 「なん
  なら人を呼ぼうか」とも言っていたが けだし この場合の(人)
  とは 警察の別称であろう
  次の年 その家の人は亡くなった 革の靴を履いて告別式に行く
  と 隣がダブルの式服をりゅうと着こなして 受付に座っていた
  お香典を渡し住所氏名を書き <親族><友人><会社等関係者>
  <その他>の どれに◯をつけようと思っていると「その他じゃ
  ろおがあ」と 小声で言った
  次に式が始まり 隣と<その他>は もう会うこともなかった 
  
  

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