ひとひらの 伊予部恭子
駅を出ると
道は ゆるい登り坂だ
古本屋 神社 アパート 路地
日射しは音もなく降り
石畳や古いベンチの傷
ひとの内側の 影や小さな窪みを埋めていく
読むのは どれも「わたくし」という本だ
一行から次の行までの間に
短い夢がまぎれ込む
穏やかに登り切ったところから海が見える
惑星の輪郭を 寒そうに歩く人がいる
ここから剥がしてくれるのは
ひとつの言葉かもしれない
ひとひらの 明るい声が
空に翻る
ことばにはいろいろな働きや存在の仕方があると思います。この中で、ことばの表と裏、内側と外側のようなものを感じる時があります。内側と外側というのは、<古本屋 神社 アパート 路地>といったように<わたし>の他に存在している物たちです。この二つは葉っぱの表と裏のようで、どちらかが一方だけというわけにはいかない感じです。さらに、あるときにはこの表と裏がくるりと回転して、あるときにはどちらがどちらだか、わからなくなってしまうこともあります。この詩を読んでいて、まさにこうしたことばの有り様をとても強く感じました。たとえば、<古本屋 神社 アパート 路地>と呼んでいくと、それらの外側に
あったものが、<わたし>の内側にあり、<影や小さな窪みを埋めていく>。そのことばの側に身を置いてみると、短い夢が見えてくるのでしょう。
落ち葉のようにひらひらと舞うことば、それは私の感覚のいちばん奥深いところで乱反射しているようです。それはなにかしら、怖いような感じさえします。とくに最後の<空に翻る>はそう感じます。
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