「衰耗する女詩人の‥理想生活」財部鳥子  ことばの豊かさ

衰耗する女詩人の‥‥         
理想生活           財部鳥子 
ベランダの不毛の乾燥地帯
干し物を抱えて
息を切らした女詩人はサンダルのまま
ワインの空き瓶に乗り
変色していくシクラメンのよれよれの
萎れた赤い花鉢に乗り
ついに月経色の花の上で足を挫いた
激痛で半分出来ていた詩編を失う
ガッテム! 
それはどんな詩だったか
閃光のような印象だけがのこっている
なぜかといえば
言葉が爆発していたと思うから
おれは死にたいんだ!
眼を負傷した兵士は
テレビニュースで叫んでいた
ああ 彼女は盲兵の泥だらけの手を引いて
吠えまくる犬どもを牽制しながら
死刑のあった廃墟に踏み込んでいくだろう
あのなつかしい硝煙のにおいの中へ
言葉はそこにあるに違いない
血の色の花もあるに違いない
女詩人は愛用の兵隊ベッドの上から
よなかに釣り糸をたらしている
紅鮭の遡行はいつあるのか
いつかきっとある
波を逆立てて上ってくるものが
たとえ古い知り合いの水死人でも
とりあえず釣り上げておこうと思う
欲しいのはチリ紙と歯磨きチューブ
乾燥野菜 凍ったクジラのさえずり
コットンのパンティ数枚
電球も一ダース 買っておこう
一生スーパーへは行きたくない
電話には出ない
 
 
 
 ことばはそれを発する人の身体、場所、記憶、生活などのさまざまなものととても密接に関わっている。この作品を読んでこのことがよくわかり、とても面白く、また感動しました。ベランダで足を挫いたため、失われてしまった詩編、しかし(閃光の印象だけがのこっている)。歴史と自らの記憶を蘇らせ、その二つをむすびつけることば、そこにはこの詩人にとって、ことばの始まりがあった(言葉はそこにあるに違いない)。
 そして、いま詩人は女詩人として愛用の兵隊ベッドの上から釣り糸をたらし(たとえ古い知り合いの水死人でもとりあえず釣り上げておこうと思う)。
 さて、お終いに生活のことばです。
 この部分は私がこの詩の中で、もっとも好きで、もっとも感動した部分です。もしかしたら、詩人はここを書くために、これまでのことを書いたのかも知れません。(一生スーパーへは行きたくない 電話には出ない)尻切れとんぼのように終わっているのですが、思わずヤッタネとかガンバレとか言いたくなります。
でも、これは私自身に向かって言っているような気もします。
                    

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