えっ、と山本楡美子さんはいった。

 それは、とても不思議な写真だつた。ベニスでエレンが撮った写真で、大きな煉瓦の壁のなかに、ドア
のような形をしたものがあり、そのドアはぴったりしまっていて、けっしてこちらから開かないようになっている。そのうえに、蔦の枝が縦横無尽に伸びていて、ますますそのドアは開けることができないのだ。
 第一、そのドアはこちらから開ける取っ手がない。なんのために、そのいりぐちはあるのだろう。ひじょうに高いところに、人間が決して登れない所にそのドアはある。それは、ベニスのサン・ミケーレ寺院にあるらしい。「ええっ」と山本楡美子さんは声をあげた。「ヨシフ・ブロッツキーの墓だわ。それからイーゴル・ストラビンスキー、それからもうひとりのロシア人の名前があり、「あら、エズラ・パウンドも」とやまもとさんはいった。それはもう外に出なくてもいい人の住まいだった。ながいこと外国で暮らした亡命者の墓だった。
 ブロツキーは何年もベニスに滞在し死をまちながら、そういう小説をかいたのだった。わたしは確かその本を買ったのだが、なぜか読めなかったのだ。ベニスの墓はどうして、そんな上の方にあるのか、おそらく、土のなかだと、水がすぐ侵入してきて、跡形もなくなるかもしれなかった。「でも、奥さんはどうするのかしら?」と聞いたら「さあ、それはわからない」長い間ブロツキーの詩やインタビューの翻訳をしてきた
彼女はいった。

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