「オペラアリアと第九」を聴きに行く

恒例になった東京コール・フリーデ(合唱団)の公演(東京文化会館)を聴きに行くことで、今年の締めくくりとします。前日の大雨が上がって、異常なほどの温かさになった昨日のことです。
オーケストラは東京シティ・フイルハーモニック管弦楽団、指揮は現田茂夫、ソリストは省略させてもらいます。
この一年、モーツアルトにかなり浸っていたので、毎年のことである第九が新鮮に聞こえました。ベートーベンはモーツアルトを師と仰ぎ崇拝していましたが、生み出されたものは違っているのだなあーと。
天上の音楽という感じでありながら、実はとても人間的で、人生の喜びを、愛を歌ったものだということが、ずっと聴いていて分ったのですが、ベートーベンの場合は、同じ人間的であっても、もっと地べたを這い回るような、生々しいものがあるような気がしました。当然35歳で亡くなった夭折の天才(奇跡ともいうべき神童)と病や人生の苦悩を味わった努力の秀才(型の人間)とのちがいみたいなものもあるでしょうし、また時代の違いもありますが・・・。もちろんモーツアルトの短い生涯にも多くの苦しみや悲しみが十分にありましたが、その表れかたが違っているようなのです。
ですから聴く方もベートーベンが聞けないときと、モーツアルトが心に響かない時があるのだろうなーと。
詩もそうなのでしょうか? そうある筈なのですが、言葉は音楽のようには心に直接ひびかず、またそれが難しいのですね、残念ながら。
年も押し詰まり、何もしない私ですら雑用に追われている日々です。
やっとこれを書き、今年の納めといたします。
では皆様、良いお年を! 

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