昨年10月26日のブログに、朽木さんの第一作『かはたれ』を読んだ感想を入れたのですが、これは今年出た第2作目になります。最初の本で、日本児童文学者協会新人賞・同文芸新人賞など3つも賞を重ねてもらう幸運にも恵まれ、大いに期待される作家となられました。
この題も「かわたれ」と同義の「たそかれ」です。舞台は同じ場所、またその時刻からも推量できるようにあの世とこの世、人間界と異界が重なり合う世界で、ここにも散在ガ池の子どもの河童「八寸」が先ず登場しますが、前作より4年後という設定になっています。その世界は前作と同様仄かな感じを漂わせながら重層的で詩的雰囲気に満ちていますが、もっと深まり、また例えて言えば個の存在から社会や類の存在まで思索が深まっている感じがしました。
こう書けばとても難しく固い話のようですが決してそうではなく、旧いプールのある(それが取り壊されそうになっている)高校での河童騒動を部活舞台としたミステリー物語として読んでも面白く、前作に八寸と仲良くなったニンゲンの少女・麻との再会、新しく登場してきた、小学校時代のいじめを克服して今では音楽家を目指している河井君との出会いと友情、部活のモデルになる前作にも登場したラプラドール犬のチェスタトンの活躍などの学園物語的な要素もあるのです。
しかしもっとも重要な登場者は、八寸が長老から探す事を命じられた同じ河童の「不知」と、かれが出会ったニンゲンの「司少年」です。そこで時間は急に60年遡る事になります。不知は司少年との約束を守って、60年も待ち続けているらしく、その河童を連れ戻すことを八寸は命じられたのです。不知が棲んでいるのが、高校の取り壊されようとしている旧いプールなのです。
果たしてその不知を八寸は探し出し、無事に連れ戻す事が出来るでしょうか。どんな風に麻や河井君の力も借りながらそれを果たすのでしょうか、それがこの物語の大きな筋です。
しかしこれが作者の本命ではありません。その筋立てを使って、もっともっと深くて大きなことを伝えたいのです、と断言めいた事を言いましたが、私はそう読みました。60年前の(現在点から言えば64年前)のことですから司少年は戦争に行っています。戦死したと思われていたのに、片腕は失いながら帰ってきます。その後空襲がひどくなり、爆撃に追われて多くの人がこのプールに火を避けて飛び込み亡くなったという記録が残っています。(戦災を受けた都市にはこういう場所が多くあるでしょう。東京大空集の時は隅田川というふうに)司少年も崩れてきた大きな梁に挟まれて動けなくなり、友達になっていた河童の不知もやむを得ずかれを置いてにげるしかありませんでした。そのとき司少年が言った言葉を守って、彼がきっと会いにくる事を信じて待ち続けたということが分ります。こういう不知をどのように説得して連れ戻すのか、また司少年は本当に約束を果たしたたのであろうか。それは読んでいただくしかありませんが、そういう戦争で喪われた魂へのレクイエムが潜ませてあります。まさに潜ませてあり、あからさまには語られません。ちょうど音楽のように、言葉ではなく感覚で語ろうとしているみたいです。実際このお話の中にはたくさん音楽が出てきますし、音楽が奏でられます。
また、時間も場所も重層するわけですが、それが巧みにファンタジックに映像的に描かれている点も感心しました。
この本は童話シリーズで小学校中級以上が対象と分類されていますが、その枠を超えるものです。前述したようにそういう児童生徒も十分に楽しめますが、深いところまでは感受できないでしょう。しかしモーツアルトが子どもに楽しめない事がないと同じです。多くのすぐれたファンタジーが年齢を超えて楽しめるように、これもそれ類した物語だと思いました。参考まで付け加えると作者は広島出身です。
音楽や絵や物語について、心に残った文がありますので、次に書いて見ましょう。
<人の心が悲しみや苦しみでいっぱいになってしまうと、音楽や絵や物語のいりこむ余地はなくなってしまう。だけど、心はそのまま凍ってしまうわけではない。人の心の深いところには、不思議な力があるからだ。何かの拍子に、悲しみや苦しみのひとつが席をはずすと、たとえば音楽は、いともたやすくその席にすべりこむ。そっとすべりこんできた感動は、心の中の居場所をひそかに広げて、まだ居座っている悲しみや苦しみを次第にどこかに収めてしまう>
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