10月6日の夢(左のドア)

 渡してあった原稿を急に変更しなくてはならなくなり、ぼくはどこかの町へ、その変更した原稿を届けに出かける。町の入り口には左右両側に二つのドアがあり、いつもは開かれているのに、今日は左のドアは閉ざされている。そして、右のドアからはぼくの詩集「純粋病」を作ってくれた編集者のO氏が顔を覗かせている。だが、O氏はそのまま引っ込んでドアを閉ざしてしまった。どちらにせよ、ぼくが向かうのは左のドアの方だ。
 閉ざされた左のドアを開けると、中は細い廊下で、何かお祝い事があるのか、老若男女がぎっしりとお出かけ用の服に着飾って、忙しそうに各部屋を出たり入ったりしている。住人たちは全員外国人だ。というより、ここはきっと外国で、ぼくの方が異国から来たよそ者なのだろう。町の住人たちにとって特別な日らしいこんな日に、よそ者のぼくがのこのこ入っていくのは気がひけるが、構わず前進していく。一番奥にあるお店にぼくは原稿を届けに入るが、てっきりいるものと思っていた女主人は不在で、留守番の別の女性にぼくはそれを預ける。

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10月5日の夢(消えた死体と三匹の黒猫)

 岡の上に中年の女性ガイドと何かのツアーで来ている。ぼくの生家のあった名古屋の覚王山の岡を思わせる風景だ。岡の上は雑木林になっているが、ここは広いお屋敷の敷地内らしい。ガイドは以前、目の前にあるお屋敷の池に死体が浮いているのを確かに見たという。でも、彼女が驚いて人を呼びに行き、戻ってきたときには死体は消え失せていたのだという。みんなは「おまえは幻を見たのだ」と言ったが、どうしてもそうは思えないと彼女は言う。
 そんな話をしている間に、屋敷の主人であるこの町にある二軒の大きな薬屋の一つ、ファースト堂の社長が帰ってきて、若い男性の使用人たちの出迎えを受けるのが見える。彼は「ビタミン剤は私の店で扱っているものを飲むべきだ。ライバルであるスピード堂のビタミン剤には毒性のある成分が入っているからね」と、ぼくらに話しかける。使用人たちも口々に主人の意見を支持する。
 皆が去ってしまった後、岡の上にはぼくと妻だけが残る。そのとき、地面に蓋が開いて、隣り合った三つの穴からそっくりの三匹の黒猫が同時に顔を出し、ぼくの顔を見て「みゃあー」と鳴く。その三匹の猫の写真をぼくはある印刷物で見たばかりだったので、思わずギクリとする。三匹はするすると地上に出てくると、ぼくに一通の手紙を渡した。手紙は厚紙でできた台紙に数枚のカーボン紙をはめこんだもので、昔の満州鉄道を舞台にした犯罪にまつわる脅迫状だ。ぼくはそれを妻に読み聴かせるが、読んでいるうちにカーボン紙は消えて、台紙だけが残る。ぼくは、これではぼくが証拠隠滅をしたことになり、ぼく自身が疑われるのではないかと不安になる。だが、気がつくと、カーボン紙は単に台紙から剥がれただけで、ぼくの掌の中に束になって握られていた。

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3つの短い夢

 二日間、夜のコンサートを聴きに仕事で出かけたので、疲れて今日は演奏の途中で寝てしまいました。ちょっと睡眠不足で、夢をよく覚えていないのですが、そんな中で見た短編夢をいくつか書きます。
(9月22日の古い夢)
 デザイナーのFくんと電車に乗る。座席の端に座っている女性がFくんに問答をしかける。Fくんがうまく答えられないようなので、ぼくは電車の床に座り込み、Fくんにそっと答を教える。ばれないかとひやひやして、顔を上げると、Fくんは男性なのにひらひらした白いレースのスカートをはいていて、それがカーテンのように、ぼくの姿を彼女から隠しているのだ。
(10月3日の夢)
 トイレへ入ろうとして、行列に並ぶ。便器は3つあるらしく、なんとなく3列に男性たちが並んでいる。混んでいるので、一度よそへ行き、出直して来ると、一番手前の列は誰も並んでいない。「しめた! ここに並べば次はぼくだ」と思うが、ドアが開くと、その列はトイレではなく、エレベーターに乗る行列だった。
 しかたなくトイレをあきらめて帰ろうとすると、もう夕方でこのビルは閉館になるという。沢山の係員が一列に並び、片手を挙げて出口の方を指し示している。みんな大急ぎで走って、外へ出る。出たところは公園のような場所だ。
(10月4日の夢)
 妻と食事をしていると、前方左の高い空間に神棚のような所があって、そこに少女がいるのが見える。

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9月29日の夢(空港など)

 仕事をいろいろ済ませなければならなかったので、ドイツ行きの空港に着いたときはかなり遅れてしまっていた。もう既に「13番」というぼくの受付番号は一度呼ばれてしまったのだが、受付の人はぼくたち夫婦を待っていてくれたらしい。だが、妻の番号が呼ばれた気配がないのはどうしてだろう? 搭乗手続きには保険証が必要だ。カウンターにはアジア系だが、日本人ではない女性の代書屋が座っていて、妻が声をかけると、すぐにぼくの申請カードを作ってくれた。だが、彼女はぼくの書類を最後に仕事場を畳んで、どこかへ行ってしまった。それに、ポケットをいくら探しても妻の保険証が出てこない。「やっぱりぼくは持っていないよ」と言うと、妻は「じゃあ、取ってくる」と言い残して、姿を消した。そのままいつまで経っても帰ってこない。家まで取りに戻ったのだろうか。
 もうこんな会社で仕事をしたくないと思い、ふてくされてぼくは椅子に座っている。部屋に何列も並べられた椅子の最前列の左から二番目の椅子だ。すると、ぼくの目の前の左の壁際に机が持ち出され、頭のはげかかった男が現れて、いきなり講演を始めたので、ぼくは一応態度を改めて、おとなしく講演を聴くことにした。
 その男のアシスタントらしいバニーガールのような若い女性達が、いつのまにか目の前にできたステージの上に出てきて、書類の分厚い束のようなものを、どさりとぼくの前に落とした。ぼくはまた反抗心がわき起こり、椅子を前に動かし、足でその束をポンと蹴る。椅子にはどうやらキャスターがついているらしく、その反動で後ろに戻る。また、椅子を前に出して、束を蹴ると、反動で戻る。繰り返しているうちに、どんどん心が高揚して面白くなる。そのうち、山のようにオフィスに積まれていた書類が、どさどさと崩れてきた。すると、ぼくの隣の一番左端に座っていた若い男が前に出て、書類の山を積み直したりするが、ぼくは書類の束を蹴る動作を繰り返し続ける。

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9月27日の夢(王女の結婚と闘犬)

 王女様が結婚することになり、そのお祝いに続々と人々が集まっている。ぼくもそのお祝いを見物に出かけたが、なぜか電話ボックスの中でうたた寝をしてしまった。ふと目を覚ますと、ちょうど「20人までが王宮に直接お祝いに行ける」と放送されているところだった。てっきり長い行列ができていると思ったのに、行列はなく、ぼくが出ていくと、「ちょうどあなたで20人目です」と言われた。
 地下鉄のホームで、王宮へ行く電車を待つ間に身体検査をされる。19人目までは何も問題なかったが、ぼくは携帯などをポケットにいろいろ持っていたため、怪しまれて荷物を全部没収されてしまった。呆然としているうちに、電車が来た。没収された荷物は多分この駅にあるのだから、乗らない方がいいのではないかと迷いながらも、電車に乗ってしまう。荷物の中には急ぎの大切な仕事の材料が入っていたのに、これで全部駄目になるなと思う。そこへ知人がほかの人々と一緒に乗り込んできた。結局、21人目以降の人たちもお祝いに行っていいことになったのだという。ぼくは彼に、荷物がどこに行ったのか分からなくなった窮状を訴える。
 そこへデパートの大きな買い物袋をいっぱいぶらさげた女性が、乗車ドアでなく降車ドアから乗り込んだのに、運転手が腹を立てて文句を言う。だが、女性客は無視する。ぼくは発車に備えて、運転席の近くのつり革につかまる。窓ガラスに汚れがあると思って見ていると、それは天井から吊り下がった何かの虫なのだった。電車が走っていく前方に、犬が三匹現れ、三匹は一斉に後足で立ち上がって見せる。車内の人々はみんな「かわいい!」と叫ぶ。
 次の瞬間、犬たちは向かい合って、互いに相手の顔を噛み合う。これは闘犬なのだ。一匹のやさしい顔をした犬の顔には、相手の犬の牙のあとの深い穴が三つもあき、その穴の底には血がにじんでいるのが見える。この犬は負けたのだ。

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9月25日の夢(職場)

 これは昨日の夢です。
(夢ここから)
 「詩の大学」で2時間講義をした。
 会社で、ぼくの仕事場が2階に変わった。だが、デスクの方はあいかわらず1階にあり、そのデスクにぼくは座っている。背後にはスチールの大きな棚がある。そこに何かのチケットの束を両手で抱えて置く。デスクの上にはデジカメがある。ぼくはまだデジカメを使ったことがないが、これならぼくにも使えるかもしれないと思う。手帖に今日やったことをメモする。ページの左端には時刻が印刷されているので、左右に線を何本か引いて、この間の時間は何をしたと書き込みたいのだが、その線が思ったように引けず、時間がずれてしまい、うまく書き込めない。今日はもう仕事がないので、帰ろうかと思うが、やはりこのまま終業までいた方がよいと思い直す。

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9月24日の夢(思い出の大河を下る)

 会社で、そこに勤めていたいろいろな人の思い出話をもとに、ある老舗の年代記の本を作っている。ところが、年老いたT氏の証言をもとに書いた部分が、校正の途中で他の人たちから誤りだと指摘された。どうも同氏の記憶自体が間違っているらしい。急いで書き改めなくてはと焦るが、会社にはいろんな人たちがやってきて、周りでがやがやするので、集中できず、どうしてもうまく書き直すことができない。
 目が覚めると、ぼくはどこか地方の原野に、布団を敷いて寝ていた。細かい雨が時折落ちてきて、少し寒い。曇り空を黒いものがいくつも旋回している。あれは鳥だろうか。
 死んだはずの母がまだ生きていて、でも高齢でよぼよぼしている。ぼくに「円盤(UFOのこと)におまえはどこで遭うか?」と尋ねる。ぼくは驚いて、「おとなになってからは遭ったことがない」と答える。母は「わたしは最近見るようになった」と言う。ぼくは母のお迎えが近づいているのかもしれない、と思う。
 パーティーか何かの会場で、トレイに入った食事の残りを、出口で二人の男が管理しているゴミ箱に半分捨てるが、半分はそのまま持って、外に出る。二人もちょっと不審そうな表情だったが、ぼく自身、なぜそうしたのか分からない。とにかく、残飯をどこかに捨てなければいけないが、そこは明るく賑やかな原宿の裏町で、たくさんの若者たちがいて、こっそりどこかに捨てるのは難しく、ずっと持って歩く。
 そのうち、道の左側に木製のベンチがずっとつながっているようになる。これはこの場所が湿原につながっているからで、このベンチの上を木道がわりに歩くのだ。そういえば、右手には高速道路のようなものが二段になって続いている。その上を流れているのは車ではなく、濁流だ。その濁流が波を打って流れる勢いで、高架そのものが波を打っている。周りの人たちはみんな怖がって、キャーキャーと叫ぶ。
 いつのまにかぼくたちはその濁流の流れの上に乗って、ジェットコースターのように進んでいる。この流れは思い出の流れなのだ。それもぼくらの家族の幸せな思い出だけが、流れているのだ。今はぼくがまだ子供だった頃のお正月あたりだ。隣にいた母が「この頃はおまえは漫画を描いていたんじゃなかったかい?」と言う。そうだ。幸せな思い出に乗り続けるためには、その思い出を演じ続けなければいけないのだ。ぼくは慌てて紙を取り出すが、筆記具がない。母がボールペンを貸してくれた。ぼくは必死で、適当な紙の上に漫画を描くまねをする。濁流にどんどん流されていきながら。(夢ここまで)
 以上は、今朝見ていた長い夢の断片的に覚えていた部分です。夢日記は30年ほど書き続けているのですが、数年に一回、ちょっと創作を入れればそのまま詩にしてもいいなと思う夢を見ます。上記もそんな感じでしたが、現時点では一切の創作は入れていません。見たままの夢の記述です。

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9月22日の夢(みみずの部屋)

 妻と東京近くの海岸へ観光ツアーに出かける。着いたら、なんと雪景色だ。道路に積もった雪をおじさんたちがせっせと除去している。その作業を見ているうち、バスで旅館に移動することになる。
 バスから降りたところは、石膏のように白い粗壁でできた四角い洞窟のような部屋。おまけに赤いイトミミズのような虫が床一面に散らばっている。殆どはイトミミズだが、ほかにさまざまな虫がいて、中には黒い大型のカブトムシもいる。裸足のぼくは足をおろすのもいやだ。
 おまけにどこではぐれてしまったのか、妻がいない。呼び出そうと携帯を開くと、ガイドが「ここは圏外だ」と言う。なるほど。待ち受け画面には、見慣れぬ観光情報のような文字が流れるばかりだ。
 突然、ぼくらは自分が乗るべきではない、別のバスに乗ってきてしまったことに気づく。似たバスだったので、間違えてしまったのだ。元いた海岸にもう一度戻ることになる。やれやれ、これでこんな虫だらけの場所ともおさらばだ。妻とも再会できるだろう。

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9月20日の夢(子犬殺害)

 大きな川の堤を歩いていると、岸辺の土の中からちょうど蝉が羽化しかけたところだった。ぼくは自分の強さを誇示したくて、そのか弱い蝉をぶんなぐる。穴から出てきた蝉はいつのまにか子犬に変わっていて、ぼくに殴られたために鼻から粘液を出している。今にも死にそうな重傷であるにもかかわらず、無垢な子犬はぼくに向かって、「ぼくは四番目に生まれたから幸せだった」と日本語で話しかける。ぼくは子犬にそんな知性があることに驚くと共に、そんな知性あるものを殺そうとしたことに恐怖にかられ、右手で子犬を払いのける。子犬は土手を転げ落ちて、視界から消えた。ぼくは茫然として立ちすくむ。

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9月19日の夢(虫と蛇)

 妻が海外旅行に行っておみやげを買ってきた。それは腕輪だというが、一抱えもある大きさで、しかも不定形でゴツゴツしている。表面には穴がいっぱいあいていて、中に現地の虫が沢山入っているという。
 そこはお風呂場で、そのおみやげから蟻やヤドカリやいろんな虫たちが大量に這い出してきて、天井でひとかたまりになっている。「小さな蛇もまじっているね」と、ぼくが言っているそばから、蛇はかたまりになってぼくの右肩をかすめて落下し、ぼくは「きゃっ」と悲鳴を上げる。

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