7月18日の夢(高倉健監督作品に出演)

 箱根町にいる。ここでぼくは高倉健監督作品の映画に出演しているのだ。きちんとした脚本はなく、俳優たちは自由に演技してよいことになっている。
 舞台は山小屋ふうにも見える一軒家で、そこは洋服を仕立てるお針子たちが働く洋裁スタジオになっている。何人かの女性たちが働いているが、この店にやってくる客はいない。もう閉店するしかないのだろうか。
 ところが一着の洋服が仕上がったのを窓の外から目にして、中年の女性客が入ってきた。それをきっかけに、どっとばかりに女性客が店内に押し寄せる。しかし、その服をデザインした女性2人は無言のまま、隣の部屋のベッドに入り、シーツをかぶって寝てしまった。
 客の応対に追われていたぼくがふとその部屋を見ると、二人はいなくなっている。慌てて名前を呼びながら外に飛び出すが、彼女たちの姿はない。とぼとぼと引き返し、スタジオの門の前に生えている大きな木を見上げる。そこには三人の小さな子供たちとその母親が樹上生活をしている。とても幸せそうだ。
 ぼくはスタジオに戻り、彼女たちを失った悲しみから、大声で泣き叫ぶ。だが演技なので、涙は出ない。我ながら迫真の演技だと思う。
 映画が完成し、ぼくは遅れて試写室に入っていく。もう室内はスタッフやキャストでいっぱいで、ぼくには席がない。後ろで立っていると、トイレから戻ってきた女性が「どうぞ前へ行って座ってください」と、ぼくに勧めるが、ぼくはほほえんで断る。窓の外にバスがいて、そこに犬たちが乗っているのが見える。
 1人の外国人女性が近づいてきて、ぼくの手をとり、ピンクのセーターの下にぼくの手を導く。ちょうどブラの下の部分だ。だが、ぼくは遠慮して手を動かそうとはしない。彼女はそうしたまま、ぼくに明るく話しかけていたが、突然ぼくの手を放し、「強くやってくれないなら、いいわ。後で、家でひとりでやってなさい!」と捨て台詞を残して、立ち去る。ぼくは茫然として言葉もなく彼女を見送る。

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7月14日の夢(ウナギとアンドーナツ)

 クライアントの特約店会議のための準備が始まっている。他のスタッフに先んじてぼくは2日前から、クライアントのオフィスへ行き、準備会議に参加する。特約店会議では会議の前に必ず映画が上映される。今日はその試写があるのだ。映画が終わったあと、深夜まで会議があり、この映画のどういう点が特約店への教訓となるかを議論するらしい。夜食用だろう。バケツの中にアンドーナツが山のように盛られている。ぼくは会議が始まる前にさっさと帰る。そんな教訓など、上映する映画を決めた段階で、決めた人がわかっているはずではないか。
 その翌日も準備会に、今度は会社の同僚たちと共に出かける。やはり試写が終わったところで、ぼくは1人帰ることにする。皆がエレベーターで下へ降りるので、ぼくは階段を駆け下りる。しかし、十一階だったことを忘れていた。心臓がばくばくする。一階に着くと、ちょうどエレベーターも着いたところで、みんなと合流してしまう。ぼくの会社は孫請けだが、下請けのHIASとかいう代理店がちゃんと夕食の個室をレストランに予約してくれていた。奥のIさんの席の隣が空いている。そこへ座りたいなあと思うが、食事は立食だった。一番奥の大皿は影の中で暗いが、中にウナギのかば焼きがいっぱい盛ってある。好物なので自分の小皿にとる。次の大皿は少し明るいが、そこにも串に刺したウナギのかば焼きが盛ってある。ぼくは大喜びでそれも取る。さて、食べようとすると、席がない。外国人の初老の男性が大きな丸椅子に座っているので、そこにかけさせてもらうと、椅子ががくりと動く。男性に謝って顔を見ると、サッカーの日本代表監督のザック氏ではないか。それから、ぼくはIさんに、「ぼくは昨日もこの会議に出たから、今日は帰るよ」と通告する。
 そして店を出ようとすると、1人離れて前編集長のK女史が座っている。Kさんは生意気そうに煙草をふかしながら「あれはどこだったかしらねえ?」と言う。ぼくも冷ややかに「さあ、忘れましたよ」と答える。「野辺山だったのではないの?」と彼女。「ああそうでしたね」とぼく。

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7月13日の夢(爪の棘)

 ぼくが帰宅しようと外に出ると、視察に訪れた防衛庁長官に呼び止められる。長官は共産党委員長の志位さんだ。ぼくが何かをひざまずいて彼に見せている間、若い副官の男がぼくに爪を立てる。手足のあらゆる指の爪が棘のように鋭く尖っている。それをぼくの足に突き立てて、ぼくを無言のままいじめているのだが、ぼくは痛みにじっと耐える。
 列車に乗っていて、居眠りから目覚めると、車室のドアのところで車掌が早めの食堂車利用を勧めてくれる。まだお昼頃だと思っていたのに、なんともう夕方6時半だ。これではお腹が減るわけだ。ぼくはずっと眠っていたらしい。

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7月12日の夢(合戦)

 夜、会社で残業をしている。玄関に出てみると、郵便物を仕分けする台に、自分のセクション宛のものが沢山置かれている。腕にいっぱい抱えるが、なぜか社内に戻らず、そのまま自宅に帰ろうと外に出る。歩いていると、後ろから来た中年の男が「ここらは広いから、そんなものみんな、分からないように捨てちまえよ」と言う。ぼくはそれもそうだと思い、郵便物を一つ一つくしゃくしゃに丸めて、ゴミのように捨てていく。
 すべてを捨て終わり、マンションに戻る。自宅には人々がぎっしりいる。窓の外でおたけびが上がるので、覗いて見る。まるで映画の合戦シーンのように、沢山の人々が動いている。外に出て、車に乗る。道路をはさんで、開発賛成派と反対派がそれぞれの砦を作っていて、それを両派が攻撃し合っているのだ。

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7月11日の夢(タクシーとバス)

 土曜日の午後なのだが、タクシーに乗ってロケ地へ行き、撮影に立ち会う。こんな苦労をしても、報われることの少ない仕事だなあと思う。
 同僚のOさんが請求書を書いている。見たことのない社名で手数料が90万円計上されている。なんと、それはぼくの報酬分なのだという。「これでいい?」と問われ、ぼくは自分の苦労がすべて報われたような気持になる。
 この場所での撮影が終わり、クルーはさらに別の場所に移動するらしい。だが、ぼくは「悪いけど、ぼくはここで帰るよ」と言って、Oさんと見知らぬ男性スタッフ二人に任せ、現場をあとにする。
 先輩詩人のF氏がぼくの詩作の秘密について、推理を聞かせてくれる。「きっと一色さんの世界には一台のリムジンバスが走っているんだと思いますよ」。ぼくは「いや、実際にはバスは走っていませんが、確かにぼくの詩にはいつもバスが出てきますね」と答える。

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7月10日の夢(本物そっくり)

 会社にいると、売り込みのセールスマンがやってきた。スーツの袖につけるネームを売りに来たのだ。応対した社長は「セールスマンにとって名前を覚えてもらうのはいいことだから買おう」と乗り気だ。セールスマンは「ありがとうございます。ではこれで」とネームを一袋置いて立ち去ろうとする。それは擦り切れた活字である。社長はそれを見て激高し、男を追い返そうとする。だが、男はなかなか立ち去らない。オフィスのすみの壁際でふて寝している。ぼくも寝たまま、男のそばへごろごろと転がっていくと、上から突然男におおいかぶさるように襲われてしまう。男はメタボなお腹の突き出たでぶだ。ぼくは男に負けず、「じゃあこうしてやる」と言って、男の体中をくすぐる。
 バスに乗る。たまたま乗り合わせた赤い服の少女に、ぼくは「日比谷で降ります」と話しかける。しかし、運転手はバス停に停まる前に全く駅名コールをしない。もしかしたらもう日比谷は通り過ぎてしまったのではないか。外はしとしとと梅雨の雨が降っている。ぼくは不安になり、また少女に嘲笑されるのが怖くて、彼女の席を振り返る。だが、赤い服の少女はほかの六人の少女たちとの話に夢中で、ぼくのことなど眼中にない。ぼくはほっとする。
 会社に戻ると、デザイナーが作ったらしい、ぼくの詩集のカンプがある。木かプラスチックのように固くて分厚い素材で作られたその本の表紙にぼくの名前はないが、書かれている詩のようなもの、知人から来た手紙など、いかにも本物そっくりの偽物である。ぼくはこれをみんなに見せびらかしたいと思う。

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7月6日の夢(大島弓子の本)

 小学校の講堂のような場所が仕切られて、オフィスになっている。天井のないテレビドラマのセットみたいだ。そのオフィスの外(といっても講堂の中)を歩いていると、ぼくに電話がかかっているのが聞こえた。ぼくは大声で「はーい、はーい」と叫び、中に駆け込む。
 電話に出ると、若い男の声で「大島弓子の本を先着順50名様にプレゼントと書いてあったので、電話しました」と言う。確かに雑誌にそう書いたのはぼくだが、実は大島弓子の本など在庫していない。オフィスの同僚の棚に一冊だけあるのを見て、どうせ誰も応募してこないだろうと多寡をくくって書いたのだ。ぼくが口ごもっているうち、男は怒って電話を切ってしまった。念のためあの本は今もあの棚にあるだろうかと見に行くが、その棚の前に同僚が座っているので、確かめることができない。

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6月29日の夢(医者に行く)

 医者に行く。医者というより床屋のようだ。沢山の椅子が並び、そこに患者たちが閉じ込められるような感じで座っている。主治医の院長がいない。ぼさぼさ髪の知らない医者が「あなたは心臓になんの異常もない。それなのに院長がこれまで出してきた薬をそのまま出していいものか、と思っているんですよ」と言う。ぼくは驚いて「もう何十年も不整脈に苦しんできたんですよ。3拍に1拍欠ける不整脈です」と力説する。ぼくがそう話しているところへ、見知らぬ女性患者が横から口をはさみ、医者をどこかへ連れていってしまう。椅子に閉じ込められたまま、ぼくは「この医者をあきらめ、他に循環器科の医者を探すべきだろうか。でも、何度同じようなことがあり、何度医者を変えたことだろう」と考える。

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6月26日の夢(AKB48)

 テレビ局の楽屋で、四角い大きなテーブルをはさみ、死んだ母親と向かい合っている。これは歌手の持ち歌をめぐる知られざるエピソードを披露して、出演者も視聴者も驚くということを売りにしている番組だ。司会者であるぼくは母親にそのエピソードを話そうとするが、彼女は「聞きたくない」と言って、ぼくを制止する。
 いつのまにか母親はAKB48のメンバーたち数人に変わっている。ぼくはそのエピソードが彼女たちの聞きたくないものなのだなと判断し、パフォーマンスが終わってから、戻ってきた彼女たちに披露する。「ヘビーローテーション」にまつわるエピソードだった。案の定、彼女たちは「やっぱり」と言って、顔をしかめる。

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6月23日の夢(暗闇のビール坂)

 ある場所へ急ぐのでタクシーに乗った。そこへ行くには自宅のすぐそばのビール坂を降りて、そこからまた別の方角へ向かうのだ。さあ、ビール坂だ。街灯もなければ、周囲の家の明かりもない。真の闇だ。しかも、道幅もぐんと細くなっている。暗闇の中をタクシーはぼくを乗せて、猛スピードで駆け下り始める。

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