遠野、空の影 佐伯多美子
うすいねずみ色の 空
水底に映り 濃いねずみ色なり
水底に棲む 背すじのすらり伸びた女
美しい立ち姿
うすいねずみ色なり
うすいねずみ色の 空
ゆるやかに流れ
空の影
揺れ
濃いねずみ色が 揺れ
水底が 揺れ
ふと
女の影に 声もなく呼びかけ
空の影に 呼びかけ
女の影を追うと
ねずみ色が濃さを増し
水底に
童女が笑いながら映っている
揺れながらゆれながらゆれながら
ゆれながら
辺りは 春の景色
遠野の
ゆれる影の色に染まっていく
水の声 福井 すみ代
県道から山道に入った
沢の水音が聞える
遠野五百羅漢の入口
夏の名残りの太陽がどこかへ隠れ
森の色になった
滑る小道を昇る
細い清水が石を叩き走る
苔むした洞がある
自然に生えたブナが天を突く
木の肌に手を当てる
冷たい
耳を当てる
水音
地の底から
湧きあがる静かで力強い脈動
何百年もの間
きびしい寒さにも嵐にも
耐え続けた声だ
隣りのブナの声を聞く
リズムも音色も違う
心が揺れる
私は両の手でブナをしっかり包んだ
もういいかい 中井ひさ子
目にあてた手が冷たい
四方へ走り去った足音を聞く
もういいかい
鋭い爪で杉の木の皮を剥がす
剥がしても 剥がしても
遠くから まあだだよ
祠の横の隠れ穴に
ひとり座って目を瞑っている子ども
草陰に鳴き声を潜めるキツネ
太い尻尾がよろり風に揺れる
枯れ草の中にもぐりこんだ
涙目のウサギ
ねじれ木の下で
化けかたを忘れたタヌキ
鐘つき堂からかわいた鐘がなる
もういいかい
ゆっくり振り返る
鬼の顔
隠しても隠し切れない牙が
口から鈍くひかる
夕焼けがぽきりと切れた
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