トミノの地獄
西条八十
1
姉は血を吐く、妹(いもと)は火吐く
可愛いトミノは宝玉(たま)を吐く。
ひとり地獄に落ちゆくトミノ、
地獄くらやみ花も無き。
鞭で叩くはトミノの姉か、
鞭の朱総(しゅぶさ)が気にかかる。
叩け叩きやれ叩かずとても、
無間(むげん)地獄はひとつみち。
暗い地獄へ案内(あない)をたのむ、
金の羊に、鶯に。
革の嚢(ふくろ)にやいくらほど入れよ、
無間地獄の旅支度。
春が来て候(そろ)林に谿(たに)に、
くらい地獄谷七曲り。
籠にや鶯、車にや羊、
可愛いトミノの眼にや涙。
啼けよ、鶯、林の雨に
妹恋しと声かぎり。
啼けば反響(こだま)が地獄にひびき、
狐牡丹の花がさく。
地獄七山七谿めぐる、
可愛いトミノのひとり旅。
地獄ござらばもて来てたもれ、
針の御山(おやま)の留針(とめばり)を。
赤い留針だてにはささぬ、
可愛いトミノのめじるしに。
大正8年に刊行された西条八十の最初の詩集『砂金』におさめられています。
はじめも終わりもなく、耽美的なこのゾクゾク感、どんどん落ちていく感覚、なんといいましょうか、一度読んだらわすれられなくなる詩です。
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