ひとは一生のうちにどれぐらい本を読むのだろうか? 恐らく、これからも無限というくらい本をよむかもしれない。それから、もう本なぞ読まず、ただ空気のように生きて行けたらいいのかも知れない。でも、やっぱり寂しくなって本をさがしにいくだろう。本のことでいちばん印象に残っているのは、大岡昇平さんだ。かれはもう80すぎていたのに、ベット゛の横に山のように本を積んで一冊一冊読むのを楽しみにしていた。特に最近の小説が好きらしくまるでわたしが読んでいるアメリカの若い人の小説を感心してよんでいた。それはわたしをひどく勇気づけたのを覚えている。もう小説をかかなくなったのに、小説をよんでいるということは、やはり好きなんだなあと思った。ところで、ひとが最後に読む本とはどんな本なのだろう。
今日、図書館でクーニーの「ルピナスさん」という絵本を眺めてきたが、ああいうものでもいいなあとも思った。でも、読む本はわからないとしても、作家が書く最後の本というのものを考えるのは、とても、楽しい。
恐らく、ラストブックというものは、いろいろ考えても、楽しい。この間、ゲーテの「親和力」という少し気味が悪いような本を読んだ。あれはやっぱり、倫理より恋愛をひそかに肯定したものであろうとベンヤミンがいっていた。そうかもしれない。しかし、最近わたしが読んだマルグリット・デュラスの「夏の雨」ほど新鮮に思えたものはない。何という物語なのだろう。なんという未来的な本なのだろう。フランスが好きなのは
堅苦しくないのに面白いからだ。このように子どもを大切に思う国はない。というよりは、この混乱の時代
にどのような大人の愛よりもこどもの方がうつくしいからだ。というよりも大人たちがありとあらゆる享楽と戦いと労働と知の疲労を試みたあと、この革命の国の市民はいまさりげなく子どもたちのことを語り、新鮮な朝の空気のような子どもの物語をするのだ。はじめ、わたしは図書館のあるコーナーにしゃがみこんでこの本を眺め、何度も何度もただ眺め他の本をかりてかえってきたのだ。何でも貧しい移民の夫婦は
子だくさんでこどもが学校にもいけないのだが、父親と母親はまだ本を読む力はのこっていて、ジョルジュ
・ポンピドーの生涯に感激する。なぜなら、どんなに有名な人物の夫婦の生涯でも、どこか自分たちの生活と似ているということを発見したからだ。それは有名、無名にかかわらず、人の生涯というものは、あるていど同じ論理に依って創られているからだというのである。この凡庸で穏やかな生活保護を受けている
イタリア系の父親とロシア移民らしい母親から、奇妙な天才のような子どもが生まれ、学校に一週間しかいかないのに、聖者になるかもしれない予感にみちていきるエルネストというこどものものがたりなのである。
これはフランスでベストセラーになってしまった。なんという朝の空気のような聖家族のものがたりなのだろう。これほどの希望をもったことはない。そして、ル・クレジオの「海を見たことのない少年」と「黄金の魚」もすばしらい。「黄金の魚」はわたしの友達の村野美優さんが訳したのだ。こういう本にわたしは未來を感じる。あの子どもたちが持っている光のなかで、わたしはいましばらく生きて死にたい。
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