「ヘルムート・ラックと別れたのは、ただヘルムートが日本に住みたいと言い、わたしがフランスかドイツに住みたいといったからよ」とクミコはいった。クミコはいつもむかしのことを今のように、いまのことをひとつのながーい小説のように話した。だから、そばにいると、わたしはいつもこんがらかってしまうのだ。
ヘルムートというと、わたしのなかに国立の緑いっばいの麦畑がひろがり、うすい航空便の便せんにはさまつたちいさい写真をわたしとタケミは何度も何度も眺めた。青年の写真は三分間写真でうすらぼやけていて、こちらを向いていず、あまり目立ちたがり屋には見えなかった。「どんな人だと思う?」ときくと「ふーん、おもしろい。」といったきりタケミは黙った。「おもしろいって?」再度聞くと「すこしひょうきんで、ぼくらとそんなにかわらない」。「4月26日にシベリアまわりでくるっていってるわ。ほんとにくると思う?」「まあ、くるんだろうなあ。」「もしくるとしたら、ここに4人もねむられないわ。引っ越さなくっちゃ」「うん」そこでわたしたちは国立の北口から南口に引っ越したのだった。一階か゛六畳と台所、二階が六畳、これでかろうじて
4人暮らせる。4月26日は昼寝をしたくなるぐらい、わたしは疲れた。夕方、もう来ないかと思うぐらい遅く、たよりない電話がかかってきた。「えっ、いまどこ?」「国立駅よ」すると映画をみているように、映画のなかに入っていったかのように世界がぐらりと動いた。
その大きな男はわたしとおなじ年で、まだ25で2メートルもあり、オーバーは4キロもあり、靴は13文もあった。ヘルムート・ラックは愉快な男で外人みたいな気がしなかった。わたしは彼らが何を食べるかよくわからなかったので、買い物はしなかった。「大丈夫」クミコはいった。クミコとわたしはスーパーマーケット
に行ってあじの開きとほうれん草とおとうふを買ってきた。そして、その夜、クミコはお料理して、ヘルムートが使いにくそうにお箸であじの開きをたべたのだ。次の日、国立のひろい道路を4人であたたかい春の
ひざしのなかを歩くと、世界でいちばんしあわせなのは、わたしたちだと思ったくらいだった。
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