ポットホール 新井啓子 (世界を新しくするための詩2)
波を避けながら岩場を歩いていると
岩をなめらかにくり抜いた 穴をみつけることがある
桶の形の穴のなかには 丸まった石ころが沈んでいる
波がくると 石は揺れる 次の波で少しだけ浮かぶ
それから 波がくるごとに 少しずつ
側面に沿ってまわり
まわりはじめて 石は静かな調べを奏でる
若葉の迫る岸辺のささやき
甲殻類の行き来する磯の歓声
石はまわる まわされる
浅い夢の海岸の 砂時計の砂の落ちる音
人気のない洞窟でくりかえされる世代交代
荒波だけが吠えさかる夜にも
石はまわる まわされる
遠い記憶の島には 海に向かって めまいごと
かなしみを投げ入れたり よろこびを飛ばしたりする崖があった
原初に地面が盛り上がり 赤く割れたというその高い崖の上から
石は海に転げ落ちた
丘には薄紫の花が這うように咲いていた
眼下には悠々と海鳥が飛んでいた
夕陽に染まる断崖を落ちながら
石はかなたからうねり寄る この星の鼓動を聞いた気がした
穴から海水があふれると 石も穴を超えて出る
鼓動が石を揺らすから 石にも目覚めるときがくる
うたうたいたい
穴に新しい石が入り 新しい海草が揺れるころ
深い海の底で 石は 自分のうたをうたいはじめる
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