去年わたしは男だったの、とクミコはいった

 「去年わたしは男だつたの」とクミコはいつた。えっとわたしたちがいうひまもなく。「それまで銀行で
お金をおろすとき何の問題もなかったのに、突然三人の行員がよってきて、逮捕されたの。」「このパスポートでは、あなたは男になつています。」と係員がいうのよ。」「えっといって、わたしは思わず下をみて、
ズボンを脱いでたしかめるところだつたの。あのロシアのあんぽんたんたちとおもったわ。だってロシアに滞在するためのパスポートはいつも写真が斜めに切られていたり、名前が間違えていたりするのでいつも気をつけていたけれど、こんどは大丈夫だとおもっていたのにね。わたしが男になるなんてねえ。」
 みんなで大笑いしたあと、私が撮ったデジカメの蓮の花を大きなテレビの画面で観た。
 実は、おととい、わたしはクミコと長い長いおしゃべりのあと、夜の十一時半に家を出で、十二時半に渋谷の東急に着き、カメラマンの神さん兄弟とハス博士というあだ名のわたしの夫と車で首都高速道路を
走っていたのだ。クミコが朝の十時に現れたのだから、翌日の十時まで殆ど眠られなかった。車は前から
横から後ろから他の車が迫ってきて、びゅんびゅん、がたんがたんと音がしてねむるどころではない。車にはナビゲーターがついていて、「あと700メートルしたら、右へまがつてください。パトカーが後ろから
やつてきています。スピードを落としてください。」とかいって、ちいさな画像がめまぐるしくうごく。このナビゲーターは全国的に使う事ができるので、外はまつくらだし、まるでゲームセンターでゲームをしているようなかんじでした。

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