今井好子「揺れる」言葉との出会い

揺れる     今井好子

ひさしぶりに帰省してみれば
父も母も揺れていました
子供が子供がと
忙しいけれどおおむね楽しくやってきた間にです
揺れだしたのは父が先か母が先か
なにがあったか
どうしたのか
面と向かっては聞きづらく
後ろから
父と母の揺れる背中ばかりをみていました
久しぶりに帰省してみれば
生まれ育った家も
庭先のねぎも仏様の菊も
トタンぶきの小屋も揺れていました
私をはぐくんた敷地の
どこからなにかが揺れだしたのか
皆目わからないまま
なにもかも揺れていました
父は揺れながら時間をかけて大根をぬき
母は時間をかけて大根を煮てくれました
私は何も聞けず時間をかけて大根を食べました
その夜揺れる父と揺れる母の間で横になり
右手は父の手をにぎり
左手は母の手をにぎり
父と母に揺られながら
静かにめを閉じました
屋根をたたく夜の雨音が続いていました

私はこの詩に民話のような、寓話のような遠さと近さを感じます。いつの間にか、私も同じところに
行く夢をみているような気持ちになります。それは「揺れる」という言葉が持っている不思議な力です。その力に気づいたのが、この詩人の優れた心でありね気概であろうと思います。
同じような詩は誰でもかけそうですが、決してそうではないと思います。
その年流行した言葉が新聞やテレビで発表されますが、この「揺れる」も今年の流行であってもいいのではないかと私は思います。
「言葉とは何か?」
私はうまく言えませんが、詩を読んでいて、時々その答えに出会うこともあります。その一つがこの詩てす。その答えは決して大げさな物で歯はないのですが、時折、口に含んでみたくなるチョコレートのようなものです。

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