坂本真紀「あらゆるピアノのうえを」  はじまり

あらゆるピアノのうえを      坂本真理
あらゆるピアノのうえをわたってくる。いくつもいくつも並んだピアノのうえを、アップライトヒアノのうえを、
グランドピアノのうえを、歩いてわたってくる、踏みはずすことなく。あらゆる動物のうえ、あらゆる人間の
うえを、わたしは歩いてわたっていく。いちど殺し屋に狙われたら一発でいのちを落とすかもしれないけ
れど。紐はからだに結ばれていて、紐をたぐってどこかにある、もう一方のはじをたぐりよせるまで、わた
しは階段を走りつづける。かわいらしくてやさしいのは、ピンク色のゾウ、それから。ゾウはちいさな水
色。男は彼のおくさんと、女は彼女の家族とともに。わざと遠くはなれて歩いている。わたしはというと、
どう猛な動物ばかりが集められたエリア入口の鍵をあける。
 
                    ※
 詩とは冒険であると私は思います。そして、この詩を読んで、ここにひとりの詩人がいると思いました。
「あらゆるピアノのうえをわたってくる」これがこの詩の始まりであり、それ故冒険の始まりです。
 このあと、作者はいままで誰も見たこともない、生きたこともない世界に入っていきます。
そして、それがどんなふうに広がっているのか、どんな道があるのか、全くわかりません。
 もしかしたら、想像することさえできないのかも知れません。ただ、ことばだけがその世界を切りひらいていくことができるのです。
 ですから、人間がすべてを捨てて、ことばそのものになったとき、本当の冒険ができるのだと思います。
 この作品は決してこのようなことを語っているわけではありません。もしかしたら、私のひとりよがりかもしれません。でも、私はこの詩に何かしら、詩人のいのちのようなものを感じるのです。
 

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