エッグスタンド 蟹澤奈穂
静かな午前の光のなか
白い卵の殻を
スプーンでかつんとたたいて
あなたは
何かを聴き取ろうとして
耳をそばだてる
聴くんだ 遠くから響くあの音を
ここがどんなに穏やかでも
泡立つ波に風が吹きつける
あの 嵐が生まれた場所のことを
きみは 思い出さなければ
いけない
たくさんの街をとおって来た
広場で 大声で叫んでいた人びとのように
みんなに加勢することはたやすいがね
大切なことは
孤独をわすれないようにすることだ
たったひとり
心の奥底に降りてゆけ そして
嵐吹きすさぶ場所を
思い出せ
それから
耳をすませて聴くがいい あの
止むことのない
風の音
そしてふいに あなたは
エックスタンドを
倒す
※
わかりやすい詩だと思います。それはこの詩が私の前にすくっと立って何のごまかしもなく、こちらを向いている気がするからです。
この詩の一つ一つの言葉はよけいな飾りや気取りがなく、それが私にはとても気持ちよく感じられるからでしょう。
同時にこの詩の強さも感じられます。その強さは幼い頃から、この詩人がずっと持ちこたえている純情
さかも知れません。
それと、もう一つ私はこの詩に独特のユーモアというか、ゆとりのようなものを感じます。それはたとえば<白い卵の殻を スプーンでかつんとたたいて>です。ここには音もあり、かつんとたたかれた痛さも感じられてまるで、私自身もたたかれているようです。もしかしたら、詩のなかの他者とは、こういうものなのかも知れない。そして、この詩のなかで話者や対者が入れ替わったりするのも、そのことと関係があるような気もします。とにかく、何かが<越境>している感じがします。この<越境>が私にとってユーモアのように感じられるのです。そのはじまりが<卵の殻のかつん>です。
おしまいに<そしてふいに あなたは エッグスタンドを 倒す>と読み終わると、一分間のひとり舞台を見たような感じがします。それは詩としてはユーモラスであり、ゆとりであるような感じがするのです。
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