raspberry 三浦優子   香気

raspberry 三浦優子
 
こっちへ来て 教えて
美味しいコーヒーのいれかたとか
どういうふうにその胸が痛むのかを
ヒメジョオンの茂みが揺れている
帰らざる河の岸辺
我慢してきたんだ、ね
砂糖とレモンの汁で煮詰めたラズベリーの甘い香り
狂おしく 甘く 甘く
風にのる
こっちへ来て、そのシャツのボタンを外して
その胸をひらいて
ひらいてみて
ぱっくりと開いた胸にたっぷりと
紅く透き通るラズベリーのジャムを塗ってあげましょう
 
 「パイが焼けたら匂いでわかるんだ」
  天にも地にもぼくのいる場所はあるかしら
  地上の星 天井の花
  嵐がくるたびになぎたおされるのを望みながら
  パーティは続く
  The show must go on and on and on….
うつくしい粒々の浮いた透き通ったたべものは
あなたの開いた胸をもとどおりにふさぐでしょう
はい もう だいじょうぶ
狂おしく 甘く
体の中でいい匂いを放って
あなたを浸触していくように
そっと触れてあげる
ここへ来て
言葉にならない願いであふれだす心と
 
葉陰で実るラズベリー
 
 
 毎日の暮らしというのは同じようなことの繰り返しで、曖昧で、やり切れなくなってしまうことがあります。それに傷つけたり、傷つけられたりしながら生きていかなければならないかも知れないと思うと全く
やり切れません。
 そんななかで、私はこの詩を読んで気持ちがすーっと軽くなったような気がしました。たとえ、それが一瞬でも、私はこの詩に出会えてとても嬉しかった。
 <こっちへ来て>という詩人のことばが私の心に確かに届いたからです。
 <こっちへ来て>と詩人が呼びかけているのは、詩人の最も大切なひとなのか、あるいは詩人の中の
もう一人の自分なのかわかりません。でも、不思議なことに呼びかけられている感じもします。
 <こっちへ来て>ということばは毎日の暮らしなかでつかわれていることばです。それは<美味しい
コーヒーのいれかた>と続くからです。それにもかかわらず、私をどこかしら自由な場所へ誘ってくれます。この場所は三連目に書かれている自然のラスベリーの甘さであり、もしかしたら四連目の失われてしまった優しさなのでしょう。
 ただ私にはその場所がホーキング博士の日常のなかにあるベビーユニバース(もうひとつの宇宙)のようにも思えます。それとこの詩には何ともいえない香気を感じます。
 <ここへ来て、
 言葉にならない願いであふれだす心と
 葉陰で実るラズベリー>
 そして、最後の三行からこの詩の真実が伝わってきます。
                        

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