すばらしい毒、 声をあげては 三角みづ紀
血が流れない
痛みはあるのに
血が流れない
加速されたことばに
翻弄され
地球の裏側から彼等に向けて
放たれた叫びが
いま
届いた
救急車の
どうしようもない明け方に
産まれ落ちた旅人
六月の旅人
心臓を蝕む
薬をもらったんだ
窓際のマトリカリアと
テレビの上の向日葵が
過激に優しくて
やりきれなくて泣いてしまう
少年のようなものが
もはや少女ではない扉を開ける
忘れてしまったのだろうか
息をするということ
そして
うまく血を流すこと
マチカドで執拗につきまとう
おとこにすら
物語はあるのだ
真実を知ったら
思いがけず完結してしまう
すばらしい毒、声をあげては
心臓が
すこしずつ死んでゆく
たいして
悲しくもないのだが
そのたびに
旅人
に近づいているみたい
彼等に云いたいことは
ひとつだけ
でも
そんなこと
たぶんいっしょういえない
笑ってくれればいい
この姿を
笑ってくれさえすれば
この詩人のことばには、スピード感と鮮烈さがあり、読んでいるうちに心臓がドキドキしてきます。それと
恐らく同じことかもしれませんが、ことばからことばへの跳躍力もこの詩人の特徴のひとつだと思います。
このことは必ずしもことばだけではなく、その内容にもよるのでしょうが、詩全体が何か生の断崖をたどっているからのようです。
たとえば
<救急車の どうしようしようもない明け方に 産まれ落ちた旅人 六月の旅人 心臓を蝕む 薬をもらったんだ>
こういうことばの有り様はこの詩人の生そのものであり、それが読む私に伝わってきてドキドキするのだとおもいます。
ことばのスピード感や跳躍力に負けないようについていくと、生の真っ只中に自分が投げ出されたような感じさえします。
それにしても、この詩人か生きている場所はなんと荒涼としていることか。そこでは木や草や水などといった自然の息吹は殆ど感じられず、映画『時計じかけのオレンジ』の世界のようです(それは、もしかしたら、イラクや日本の本当の姿かもしれない)。
しかし、荒涼としているにもかかわらず、その世界は大変新鮮で透明な感じがして、それがとても不思議です。
六連目の<すばらしい毒、声をあげては 心臓が すこしずつ死んでいくみたい>
七連目の<彼等に云いたいことは ひとつだけ でも そんなこと たぶんいっしょういえない>には特にそんな感じがします。
たとえその世界がどんなに荒涼とした世界の悲しい出来事であったとしても、私はこの六連目と七連目に深く感動しました。
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