ヘルムート・ラックは武蔵野の野原や林をほっつきまわっていた。ちょうど、春だしのんびりと歩き回っても誰も何もいわなかった。隣りの塀の向こうは一ッ橋大学の広い構内だったし、外人がいてもそれ程
問題ではなかった。クミコはベランダにゴザを敷き、水着をきて、朝からのんびりとひなたぼっこをしていた。なんということだ。日本では二階のベランダの上で海水浴のときのように水着姿で体を日に当てる
ひとはいない。でも、いろいろとぐるぐるとヨーロッパをまわってきたひとにとっては、国立はちょっといい休憩所だったにちがいない。ベルリンの冬はそれはそれは寒くてというより、零下10度で鼻がつんつんしてくしゃみもできなかったのらしい。大きな暖炉に長時間薪をいれても暖かくならなかったらしい。あの頃はクミコはお風呂にたくさん入って体を温めていたらしい。入浴剤がベルリンから贈られてきた。
ヘルムートは野原を歩き回って、肥だめにおちたらしい。なんとも悲惨な顔をして、帰ってきた。コールテンのズボンをクミコに洗濯機にいれてもらい、ようやく、ほっとした。段差がついた和式トイレに反対側に腰掛けて、痔になりそうになっていた。それから、いなり寿しだと思ってガンモドキを買いゲッとはき出した。
すべてがおかしかったが、彼は陽気だった。彼がわたしと同じ年ですこしナチの時代を生きたのかと思うと、不思議な気がした。彼はベルリンの歯医者さんの息子だった。でも、彼は日本が気に入り10年も
ジャーナリストとして滞在したこともびっくりするようなことだった。一時彼が、お金をつくるために帰郷し、
それからまた日本にすんでいた。彼が帰ってしまうと、わたしはとてもさびしくなり、彼がスワンになって
飛んでいく夢をみた。すると彼はそのことを喜び、自分の息子にスワンと名付けた。今はハンブルグにすんでいるという。お金があったら、タケミとハンブルグにいってみたい。
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