田中郁子さんの新詩集『雪物語』を読む。田中郁子さんの詩を読むと、あらためて
人とその「場所」の出会いの運命的な意味を考える。人は場所に選ばれることで
自分の生を創造していく存在かもしれない。
とてもいい詩を読んでいるとき、私もきっと窓から星を撒く人を見ているのかも知れ
ない。
孤島
田中郁子
人間が老いると 窓になってしまうということは まわ
りの人が気づかないだけで ほんとうはよくあることな
のだ わたしの場合 数日窓からあおいものを見ていた
時のこと 胡瓜の葉が 一面に地をおおい 蔓の先が巻
きつくものを求めて空をつかもうとしている畑を 見て
過ごすことに始まった
ーあれはどんなにしても コリコリと歯ごたえのある
実をつけるだろう 葉がくれに黄の花さえちらつか
せているではないかー
そのうちに はげしく茂ってくる葉と蔓に かこまれ
て 自分がどこにいるのか わからなくなってくる
ある夜 星を撒く男を雲間に見る その男の手から た
くさんの星がばら撒かれるのを 瞬きもせず見たのだ
地上には落ちなかったが そのうつくしい輝きの下でカ
タバミが葉と葉を閉じて うっとり眠っているのを見て
から 誘われたのかふかい眠りに落ち そのままになっ
てしまう 二度と窓から入ることも出ることもなかっ
た 窓になってしまったのだ
遠い山里の古い家では 無数のわたしが無数の老婆とな
っていまでも窓に映っている 結局 わたしが窓から見
たものは 胡瓜の茂みとカタバミだったと思う その畑
の大きさが 孤島そのものだったと思う わたしはその
孤島を今でも全世界のように見つづけている
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