「牛」 吉井 淑

 詩集『ユニコーンの夜に』を巡って、詩友の方々からさまざまな言葉の贈り物をいただく機会がここ二度ほど、連続してあって、爽やかな緊張感と喜びの日々だった。もちろん今後に向けていろんな形での刺激をもいただいた。これはめったにないことでもあるので、今週は少し孤独にその余韻を味わいながら、同時にこの夏の暑さにも驚いていた。
 
今日は詩を一つ。
                 牛      吉井 淑        
         曲がりかどで牛に出会う
         板塀から染み出たように立っている
           かわたれどきの空き地でも
         ひっそりと
         黒牛のかたちに闇が濃くなっている
         川のほとりに住んでいたころ
         土手の斜面を上がると牛がいて
         空いっぱいに腹が広がっていた
         たくさんの虻が飛び交って
         ぬうっと振り向いた瞳はよく光るのに
         なにも見ていないのだった
     
         草を食むためにだけ一歩二歩進む
         耕さない牛が
         どこをどう歩いてきたのか
         ずっと私の側にいる
         虻を払うように
         ときどき尻尾で叩きながら
         
         街頭の下に大きな影を倒している
         毛深い腹に潜り込むと
         みわたすかぎりの星空
         土手の空
         そこから森への小道
         はぐれていく
         
         ぴしりぴしり
         尻尾の音   
 
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このところ原発問題とからんで牛または牛肉問題で大騒ぎになっている。騒いでいるのは我々人間、そして牛たちは寡黙である。もくもくと藁をはむだけの彼らのすがた。(板塀から染み出たように立っている…)(ひっそりと黒牛のかたちに闇が濃くなって)くる、その影は隠喩に満ちている。ここにあらわれる牛は、存在自体の影のようだ。それはみわたすかぎりの星空や、森への小道につながっているのだから。
この詩は吉井 淑さんの詩集『三丁目三番地』から引用させていただいた。好きな詩なので、もし以前にも取り上げさせていただいていたらすみません。

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