詩友の佐藤真里子さんにお借りした梨木果歩の『不思議な羅針盤』という本は最近のヒットだった。ミセスに連載したエッセイをまとめたものとのことだ。著者の小説はよく読んでいたので、その文章のもつ肌合いや感触には慣れていたが、今度のエッセイで著者が日ごろ何を感じ、どんなことを想っているかが伝わってきて、共感できる部分がたくさんあった。
たとえば「スケールを小さくする」という章である。片山廣子の『燈火節』に触れて、(アイルランド文学の翻訳で有名だった彼女だが、その生きていた現実世界のスケールの小ささとそのことがどんなに世界に細かな陰影を落としていたか…外国に足を運び、生身の体に余計な情報を入れる必要などなかったのでは、と思われるほど一つの世界として彼女の内界に、例えば神話世界の「アイルランド」が確立しているのだ。…と述べている。生身の体での知見を広げるということと、想像世界の豊かさを耕すということは、必ずしも重ならないのだと私も思うことがある。
(グローバルに世界をまたに掛けて忙しく仕事している人たちの、大きくはあっても粗雑なスケールに)最近なんだか疲れてしまった、という著者は(距離を移動する、それだけで我知らず疲弊していく何かが必ずあるのだ。…世界で起こっていることに関心をもつことは大切だけれど、そこに等身大の痛みを共有するための想像力を涸らさないために、私たちは私たちの「スケールをもっと小さくする」必要があるのではないか…つまり世界を測る升目を小さくし、より細やかに世界をみつめる。片山廣子のアイルランドはその向こうにあったのだろう。)
と、書いている。
私もあまりに目先のことに忙しいとき、大きな留守をしている気になってくる。そんな時は周囲の流れに追い立てられ、自分も大きな忘れ物のつまった袋を背負って、やたら右往左往しているだけの一人なのかもしれない。ときどき意識して世界を測る小さな升目を取り戻したいと思う。
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