先日、赤レンガ倉庫で戦没学生「祈りの絵」展を見たとき、前田美千雄さんという方の絵があり、ふとこれは亡き詩友前田千代子さんの身寄りの方の絵ではないかと気になった。
それで前田千代子さんのご主人にお葉書を出して伺ってみたところ、お返事が来て、それはやはり千代子さんの父上の御兄弟とのこと…つまり千代子さんの叔父様にあたる方だと分った。清楚な感じのスケッチが二枚、その折に購入した本に載っていてさびしい海辺の風景とフィリピン島のスケッチであった。千代子さんからはこの方のことは聞いていなかった。でも彼女の血筋にはやはりこういう方がいらしたのかと思いつつ、解説を読み直した。千代子さんが生まれたのは昭和23年だったから、彼女はその方が死去された後で生まれている。
千代子さんが他界されてもう3年。明々後日の7月3日は3回目のお命日だ。
時を経て展覧会で偶然こういう出会いをするのも不思議なことだった。
(前田美千雄 大正3年6月、神戸市垂水区に生まれる。昭和7年東京美術学校日本画科入学。…昭和19年再召集され、5月頃フィリピン、ルソン島マニラに上陸、20年8月5日頃戦死。享年31歳。)
(美千雄が戦地から妻・絹子に送った絵葉書は400通をこえた。…どれもが生きて帰るまで待っていてくれという愛の便りだった。しかしフィリピンに転戦後、その便りはぷっつりと途絶えた。絹子さんはその夫のくれた絵葉書を何度も何度も暗記するほど読んで暮らした…)以上『無言館』の解説より。
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