12年間休刊中だった詩誌「左岸」が復活し、このたび「続・左岸」31号が送られてきた。同人は新井啓
子さん、広岡曜子さん、山口賀代子さんの3人である。以前のもそうだったが、今号はいっそう瀟洒な装
丁で、清楚な雰囲気が心地よい。さすが女性たちの詩誌という思いで読ませていただいた。そのうちの
一篇を紹介させていただきたい。
蘚苔
山口賀代子
おさないころ
祖母につれられ わけいった深い森のなかのちいさな流れのそばで
石にしがみつくようにはえている苔をみたことがある
植物と水の匂いのする濃密な世界のなかで
まじわっていたわたしたち
五十年たち
湿度のたかい都市の一室で苔とくらしている
冬
枯れ草のようになっていたものが
春
ほんのりうすみどり色になり
夏
濃い緑になり
太陽のひざしを浴びると金色にかがやきはじめる
ただ光をとりこんでいるだけのことかもしれないのに
秋
黄金色のちいさな花〈…だろうか)がさいて
胞子がとぶ
そのしなやかなベルベット状のものをひとつまみ
実生から育てた欅の根元に移す
と しばらく
いきおいをなくし枯れたかにみえるものを
根気よく水遣りをつづけると
黄色いちいさいひらべったい塊が黄金色にかがやきはじめる
ちいさな森がそだちはじめている
都市の一隅でなにほどもなくいきる女のかたわらで
※
ちいさな森…ちいさな森…ちいさな森…。そうだ、わたしも身辺にちいさな森を育てなければ…。森では
いろんなことが起こるのだから。おさない兄妹がパンくずをこぼしながら、歩いているかもしれない。魔女
の家だって建築中かもしれない。この星の上から森はいま静かに消えつつある。せめて身辺にちいさな
森…ちいさな森…ちいさな森をつくっていこう。
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