ねずみ女房の続きを書きます。矢川澄子がこの本について、堂々たる姦通賛歌と書いたことを、清水真砂子は(その言葉を否定するつもりはありません。それどころか言い得て妙と、ひざを打った)とまず書いている。そして、(「これ以上何がほしいというんだな?」と問う夫たちに妻たちは答えられないまま、でも何かが足りないと感じているだろう。…現在の暮らしを捨てようというのではない。そうではないが、遠い遠い空の星が見たい…。はるかなものが…)と彼女たちは思っている。 これは日本にこの本が紹介されて30年が経とうとしている現在も、おそらく多くの女たちが抱えている思いに違いない…。)と。
(ねずみ女房は夫に、これ以上何を?と問われたときも、答えられなかったが、別に恋がしたいと思っていたわけではない)。そして辛い思いで鳩を逃してやったとき(なぜ、めすねずみは鳩の背に乗っていっしょに飛びたたなかったのか?)と。けれど、もし作者がそんな風な結論にしていたら、この作品はつまらない通俗小説で終わっていただろう。彼女は鳩を逃す時点で、もう飛びたつ必要の無い一種の高みに達していたからだ)という。(男と女の問題がここでは主題でななく、作者はもっと遠くをこのねずみに見させている。めすねずみは日々を丁寧に生きながら、一方で、その目は遠くを見ていた、はるかなものへの憧れを決して手放すことはなかった。だから好きだった鳩を逃がしてやり、その深い喪失の悲しみの果てに、遠くの星を自らの目で見ることができたのだ、と書いている。物語のおしまいの言葉は「おばあさんは、見かけは、ひいひいまごたちとおなじでした。でも、どこか、ちょっとかわっていました。ほかのねずみたちの知らないことを知っているからだと、わたしは思います」となっている。
清水真砂子は(ただ憧れを手放さなかった人だけがのぞき見ることのできた世界。そういう人だけが手にすることのできる落ち着き、あるいは静謐を、この年老いたねずみ女房の上に見ています。そして…私たちのすぐそばにもひょっとして『ねずみ女房』はいるのではないでしょうか。)と。
一見どこにでもいるような見かけはふつうの人々。でもその内面からにじみ出る静かな輝きについて、その内部に刻まれたかけがえないドラマについてふと考えてしまう物語です。そして経験を言葉にするということの意味についても、人が生きるとはどういうことかについても、あらためて考えます。そしてまた書評のよみかた、そのおもしろさについても。
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