月へ  原利代子

SOMETHING 4からもう一篇。原利代子さんの詩です。
                   月へ     原利代子
          信じないかもしれないけれど 月へ行ったことがある
          鉄棒に 片足をかけエイッと一回転すると
          月に届く秘密の場所があるのだ
          あちらでの住まいはダンボールづくりの茶室
          お湯も沸かせないところだけどー
          壁にくりぬいた丸窓から月の表面が見渡せる
          にじり口に脱いだわらんじに
          月のほこりがしずしずと積もっていくばかり
          月ってそういうところ
          わたしの住んでいた街が
          こんな風になってしまったことがある
          月の光景はあの時とそっくりなの
          見渡す限りがあんな風にー
          焼け跡の地面はいつまでも熱かった
          はいていたわらんじが焦げるので水をかけて冷やした
          歩いては水をかけ 歩いてはまた水をかけ
          あれから六十年
          地球はいつでもどこかで燃えていて
          わたしのわらんじは冷めないまま
          秘密の場所?
          いいえ 教えない
          普通の人はロケットで行けばいいのよ
          アポロ サーティーンなんて気取ってね
          また月に行くかって?
          そうねえ ここから眺める月は美しいけど
          月から眺めるのはとても淋しいの
          完璧な孤独ってわかる?
          わらんじがいつか冷めたらまた行くかも知れない
          その時 まだ鉄棒でエイッと出来るといいけどー
                        ※
この詩に心底、脱帽! こんなに愉しく怖い作品にはめったに出会えない。ファンタジーの手法を駆使して、ここまで痛烈な作品を書けるんですね。何の理屈も言わずに。最後の連を読むと、シーンとした気持ちになってしまう。(わらんじ)っていう表現もいいなあ。                      

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