近藤起久子詩集「レッスン」より

                波   
                                近藤起久子
            土手を走っていく
            七月の朝の電車は
            がらんとして      
            下から見ると
            どの窓にも
            ゼリーのような青空が
            ならんでいる
            土手は夏の草でぼうぼうだ
            波のように風がたち
            青い朝顔を
            いくつもゆらしていく
            裏から透かしてみれば
            今日だって懐かしい
            波の下から見る
            光の景色だ   
  
(これは近藤起久子さんの「レッスン」という詩集に入っていた詩。”裏から透かして”みる目があったら、ずいぶん生きられる領分が違うだろう。この2行で詩がふいにみずみずしく私の中に流れ込んでくる。私もきっと”懐かしい今日”をたったいまも生きているのに…と気がつく。)
               
             倍音
                                   
            桃の花が咲いた
            
            枝には
            雪のつもった枝が
            かさなっている
            水色の春の空
             
            その空に
            灰色の冬空が
            かさなっている
            笑ったこどもの顔に
            泣き顔がかさなっている
            それから
            日のあたる橋にかさなる
            死体だらけの橋
            ふりかさなったことばで
            指あみするように
            おばあさんが話している
            
            すこしずれたところは
            モアレみたいな
            網目模様になっている
(今日、私の中には、どのくらい、ふりつもったり,かさなったりしたものがあっただろうか。いつか言葉になりたいものたちのかすかな身じろぎ…。)          

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