中軽井沢から少し入った塩壷温泉の周囲は静かだった。猿やクマがしきりに出没するら
しく、窓には錠をおろせとか、夕暮れの散策には注意せよと書かれている。でも、あいに
くの雨でサルたちと出会うチャンスもなく、緑の木々に包まれた部屋で一日中「ペンギン
の憂鬱」を読みふける。物語は案外淡々と大きなドラマもなく進行するのに、退屈せず、
結構引き込まれて、さいごの意外な結末まで一気に読んでしまった。激流にもまれる一
枚の木の葉にも等しい個人の暮らし。だが、流れに運ばれる一枚の葉っぱにとって、
周辺の水は案外不動に澄んで見えるのかも。時代の中を運ばれていく個人の一日一日
の暮らしのように…などと現在の自分たちの日々に思いを馳せてしまう。
宿の露天風呂の近くでは、しきりにゴジュウカラ?みたいな鳥が飛び交って、ピンク色の
高原の残りの花が揺れていて、竜神の池の青い水面に雨粒の後が絶えない。
帰る日には雨も上がったので、長野県と群馬県の県境いの路をゆっくりドライブする。
真っ赤なツタウルシが緑の木に巻き付き、黄葉しかけた木々の間に朱色のウルシが
美しく映えている。ツタウルシが巻き付いた木は枯れてしまうので、以前は落葉松など
を守るためツタウルシを刈り取っていたが、今は手入れもせず放ってあるという。
というのも落葉松は、以前は貴重な材として、建物に使われたいたが、今は輸入の材に
頼って用いられなくなったからという。だから周辺の林は荒れてきているのだとか。
雨上がりの白糸の滝に寄ると、ひんやりと澄んだ空気はイオンで充たされているようだ。
浅間山から多くの地層を潜り抜けてきた生きた水が、目の前に無数の絹糸になって
流れ落ちている。
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