紅葉し始めた台峯ほか

少し遅れていましたが、このあたりもやっと紅葉し始めました。
穏やかな小春日和の昨日は、恒例の台峯歩きでした。
今回は、K高校の生徒が男女合わせて7名、郷土を知るというような課外活動の一環らしく先生1人と一緒に加わりました。ここでも高齢化が進んでいる現実があり、若い力は頼もしく、Kさんはじめ理事の人たちは彼、彼女たちに関心をもってもらおうと面白く分かりやすい説明をと努める様子。かれらを先立てて一行は歩き始めました。
この季節はやはり紅葉(黄葉)とはいえ、少しずつ色は違い、また落ちた葉っぱを観察する機会でもあり、カラーコピーの写真はいろいろな紅葉が並んでいます。野の花は少なく、又地味なものばかり、その中でも飛び切り地味なヤブタバコとシュウブンソウは、Kさんが昔から好きだった花で、若い時にそう言ったら、ずいぶん渋い好みですねと妙な顔をされたとのこと。確かに花とは見えない花なのです。その他シラヤマギク、リュウノウギク、これらは区別が分からなければ単にノギクとしてひとくくりにして目に入ってきたものです。成る程教えられれば確かに別種なのです。
あちこちで色鮮やかな紅葉便りが報じられていますが、この辺はこれからで、しかもゆっくりと地味な変化で、でもそれなりに味のある変化をするということは前にも書いた覚えがありますが、今回はその紅葉の遅速を簡単に覚えることにしました。
一番早いのは桜ということは、私にも分かりますが、遠目に見て、あの紅・黄葉の木は?となると分かりません。
桜の次に早いのはケヤキ、これは褐色です。クヌギは今半分ほどが黄葉、アカメガシワ、エノキも黄色い。でもコナラは12月に入らなければ色づかないのだそうです。カエデはもう紅・黄葉していますが遅速があり、時期も長い。紅の色鮮やかなのはハゼ。(雑木林のことを言っているので、銀杏はここでは言わない)
この辺のもみじの原種は一番シンプルなイロハカエデだそうで、それはやっと紅葉し始めていました。
秋は心淋しくなる季節ですが、紅葉した風景の中に包まれると、その反射を受けて自然に明るさがしみこんでくる気持がします。我が家でもやっとドウダンやカエデに赤みがさし、またブナも日々黄色い部分が増え今はすっかり黄葉。ハゼの木も(真上なので見あげねば見られませんが赤くなっている)。いつの間にか木をよじ登っている山芋の葉っぱが、真っ黄色なアクセントをつけています。それらの下で、ツワブキが黄色い花を咲かせ、南天の赤い実が鳥を呼んでます。草木はすべてこの季節、厳しい冬を前に賑やかに命を燃えあがらせている感じ。華やかではないけれども明朗で鮮やか、穏やかなこの季節の、この庭が私は好きです。

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女郎蜘蛛たち

急に秋冷、秋雨という日々になって、夏の猛暑の記憶はどこへやら。
小さなわが家の庭には秋の草花でいっぱいです。
ここには女郎蜘蛛たちが大きな巣をかけています。
蜘蛛がいるのは自然が残っている証拠だと、台峯歩きのときのKさんの言葉。
なるほど、廃屋や荒れた庭などにすぐ蜘蛛たちが巣を作るのは、それが自然に帰りつつあるからなんだ!
わが庭もほとんどガーデニングめいたことはやらず剪定も最低限、草ぼうぼうにしているので、特に秋の今はまさに野原の風情。しかし野の草が皆可愛い花をつけ、なかなかです。桜色の花弁と黄色い花蘂の秋海棠、ホトトギス、紅白のミズヒキソウ、タデなど。金木犀の束の間の香りと色が終ったあと、目を楽しませてくれます。
その南庭の上空に、それぞれ1メートルくらいの巣を張っている女郎蜘蛛が、4匹はいます。それぞれ風や虫などの通り道をうまく捉えて、大きな見事な巣をひろげています。それで人間の通り道だけは遠慮してもらって彼女らの様子を眺めています。
家の中でもよく見かけますが(女郎蜘蛛ではない)、蜘蛛は虫を食べてくれるというので殺しません。ゴキブリも食べて欲しいのですが、それは無理のようです。
さてその女郎蜘蛛ですが、黒い脚には黄色い縞模様、太った胴体は黄色の地にラメを帯びた緑青色の縞帯、尻のほうに紅斑があり、いかにも名に相応しい装いで、広げた巣の真ん中に堂々とかまえています(大きいのは25センチほどにもなるという)。そしてそのすぐ近くにもう一匹小さな蜘蛛(全体で1センチにも満たない)がいることにある時気がつき、子どもかななどと思っていましたら、それが雄なのだとやっと知りました。なんという無知であることか!
そしてその雄は、秋も終りになり産卵近くになると、雌に食べられてしまうのだそうです。まさに身を捧げての愛です、とKさんは言います。雄というのはそういう存在なのですね、哀れなものです、と。カマキリもそうですが、産卵のための蛋白源として身を挺すわけですね。
この何日かの雨や風にも巣は耐えていました。しかし幾何学的に素晴らしい網目をみせていた巣もあちこち破れ、繕われ、二重三重になり哀れな姿になっていましたが、蜘蛛自体は丸々と太っていました。そしてどの巣にも、小さな雄の姿はありませんでした。
産卵も間近なのでしょう。そのうち雌の蜘蛛の姿は消え、空き巣となったぼろぼろの網が残されることでしょう。季節は足早に過ぎていくようです。

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秋の台峯 サシバの渡り

稲穂が黄金に輝く秋です。異常ながらも急に訪れたという感じの日々、台峯歩きは17日でした。やっと残っている2つの田圃は無事実りを迎えているようでした。最初の田圃は稲刈りの最中、次のは少し山間にあるのでまだでしたが。
秋の花たちは暑かったため少し遅れているようです。それでもミズヒキソウとキンミズヒキソウ、菊類のヨメナとシラヤマギク(ヨメナに対してムコナとも呼ばれる。花びらが少なく地味)やノコンギク(ヨメナに似ているが、一本の茎に花をつけるのでなく数本の枝を出して花をつける)、またホトトギス、ツリフネソウ、ミゾソバなど。
ススキ、谷戸の出口あたり銀色に広がるオギ原が秋風をなびかせていました。
セミが終ると同時に鳥の季節が始まるのだそうです。すなわち南に渡っていく鳥たちの季節だからです。今日も目撃できたのはホホジロ、キビタキ、数羽の群をなすヒヨドリ、モズ。エゾビタキは珍しいと、Kさんは大いに感動。しかしこれらを私は自分の目で見たわけではなく、教えられてやっと見つけても姿も色も黒い影絵に見えるだけですし、鳴き声も耳を澄ませてやっとなのですから。
そして、これから11月上旬にかけてサシバの渡りが、通称「老人の畑」といわれる見晴らしのいい場所で見られるということなのです。
そして この日の夜のことですがTVの「ダーウインが来た!」という番組で、図らずも山里で暮らすサシバの生態が放映されていました。
場所は、栃木県の山深くの喜連川の棚田が連なる集落です。
サシバはタカ類ですが、カラスくらいの大きさで、オオタカやハヤブサのように大きくも敏捷でもなく、むしろ彼らに狙われる弱い鳥のようです。それゆえに、獲物は田圃のカエルやトカゲ、畦や雑木林の昆虫など。南から3月ごろ渡ってきて、ちょうど田圃が田起しから田植えが始まる夏に田圃のほとりの雑木林で子育てして、10~12月に子どもと一緒に南の島に帰っていくのだそうです。
すなわちサシバは、人間(の耕す田圃と一緒に)暮らしている。すなわちサシバの環境としてはきれいな川と、雑木林と田圃(畦のある)が必要ということです。
これからこの上空を群れて飛んでいくサシバは、その喜連川で子育てをしたそれらサシバではないかと思いあたり、地図をながめ、地球儀をながめたのですが、まさにそうであるに違いないと思いました。日本で子育てをしたサシバは南方、マレー半島の方に行くらしい。
大海原をまたは山岳地帯を越えていく渡り鳥を眺めるとき、その姿、能力の素晴らしさに感嘆せずにはいられません。
天高く、私の目には黒い点にしか見えないあのサシバが、喜連川の棚田を飛び立って、これから海をわたる長い旅をしようとしているのだと思うと、(今年生まれの子サシバも混じっているでしょう)胸が熱くなる感じがしました。

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音楽劇『銀河鉄道幻想』(作・のまさとる 原作(宮沢賢治の作品など)

昨夜来の雨が上がった「体育の日」の夕べ、星空を眺めながら野外劇を楽しんだ。
以前にもブログで紹介したが、近くの高校生による演劇である。これまで何度も県大会や関東地区の大会に優勝、全国大会で2位を取った伝統のある演劇部である。
今回は、賢治の作品「銀河鉄道」に、賢治の子供時代や家族関係、その暮らしぶりや人生思想を重ね合わせながら、音楽あり踊りありのオリジナル作品で、樹木に囲まれた丘の上で虫の音を聞きつつ星空を見上げながらの舞台(演出から舞台装置、大道具・小道具、衣装やメイク、音響や照明などすべて手作り)は、若者たちの熱気と鍛錬された演技は素晴らしかった。
特に今回は、舞台の両脇に小さな回り舞台までが作られているのには感心した。それが賢治の家の中になったり、妹のトシのベッドになったり、銀河鉄道の車内になったり、賢治が農民たちに教える教室になったりして、場面をスピーディに展開させるのに効果的だった。
小道具や衣装もあの当時のしつらえで、着こなしもなかなか、着物姿で飛んだり跳ねたりも様になっていた。賢治は音楽好きだったがチェロを初めとした合奏も舞台上での生演奏もあって、楽しい音楽劇ともなっていた。
作家となった賢治が舞台裾に出てきて筋の展開を語るという形式で進んでいく。また、「どつどどう どどう…」の音楽と共に現れる風の又三郎や、最初と最後に賢治の家族写真を出演者で演じさせるという枠組みがあり、子供時代の賢治やその後の活動、トシの死を絡めながら、ストーリーとしては「銀河鉄道」に沿っていく。ジョバンニに賢治を投影させながら、カンパネルラをはじめとして、車掌や鳥捕りや燈台守、死神やカラスや、また火に体を燃やすサソリなど…、衣装も役作りもよく出来ていて楽しめた。そしてそのストーリーの中で、風土も気象も厳しく、そこでの貧しい農民の生活、それをどのようにしたら皆が幸せになれるかと自問し行動していく賢治の生涯を描いていく。脚本もしっかりしていたし、演技も大勢であるにもかかわらず、皆きりっとした動きと振り、しかもエネルギッシュで、若者の意気と努力を頼もしく思い、劇のクライマックスは感動させられた。これは今日でも、いや今日であるからこそ伝わってくる賢治のメッセージがあるからかもしれない。
劇の終り頃、斜め前にふっと落ちてくる小さな光があった。ホタル? と思ったが、もうその季節ではない。何だったのだろうか? 私の目の錯覚か? 分からないでいる。

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残暑の秋の台峯歩き

朝夕は秋の気配ですがまだ残暑の日々です。昨日も30度近くになるとのことですが、秋を探しに出かけることにしました。
集まったのは、初参加4人(1人は背の高い外国人で大きなカメラをぶら下げて熱心にレンズを向けていました)を加えて20人くらいでした。
皆出会えば今年の暑さを挨拶代わりにしますが、この辺は湿気が多いので、同じ暑さでも蒸し暑く、都心の方が乾燥していて過ごしよいということ。確かに谷戸の多い地形はそうだろうと思います。
さてこれからは秋の虫の季節、実は松虫を聴く夕べが早速、明日(ブログを書いている今日)だということですが、少々夏バテ気味なので残念ですが見送ることにしました。
その虫ですが、今年は暑さが続いているのに数が少ないとのことです。これは異常な暑さというよりも、5月~6月初めに寒かった(珍しく遅霜があったりして)せいで、ちょうどその頃は卵から幼虫になる季節だった、ということが原因のようだとのこと。果物にも被害が出ているのもそれではないか…ということでした。
それでも虫の声はこの辺りでも聞かれる様になりました。やはり声の大きいアオマツムシ、そしてコオロギのようですが、やはりその声の判別は難しいです。それで今回も虫の姿とその説明をしたカラーコピーが配られましたが、新しい人も多いということだからともう一枚草花の資料も作成され、今回は2枚という大判振る舞いに与りました。
歩き始めて先ず第1の田んぼです。もう稲穂が黄金色に実っていました。後1,2週間で稲刈りが始まるだろうとのこと、何日か前の激しい降雨のせいでしょうか、倒れているところもありましたが、これは大丈夫ということ。
第2の田んぼも、少し遅れてはいますが、無事に実りのときを迎えていました。しかし宅地はもう隣にまで迫っています。
シオカラトンボが飛んでいます。これが姿を見せなくなってから赤トンボアが出てきます。
稲に混じってつんつんと穂を出しているのは、ムギヒエといい、田んぼにとっては雑草です。しかし縄文時代にはこれも食べていたのだそうです。という話から、縄文時代の脱穀の仕方、またこの辺りは山の上にしか縄文時代の遺跡は見られないので、その時代ここらの平地の多くが海中で入り江になっており、この一帯はリアス式海岸のようだったのかもしれないとか。確かに大船は淡船ともいわれており、船が出入りしていたわけです。このようにKさんの博学につられて、いろいろ想像を膨らませていくと日が暮れるので、先へと歩を進めます。
今は萩が盛りで、白萩ばかりを繁らせた風情のある家などを横目に、野の花としてはツルボ、ヤブラン(どちらも紫色)、白いヤブミョウガ、センニンソウ、また赤と白のミズヒキソウと黄色のキンミズヒキ、ヒメキンミズホキ、同じ金色のダイコンソウなど。
またヌスビトハギ(実はよくくっ付くので知っているが、ちゃんと花も咲くのです)、そしてヨモギ(これも花が咲くわけで、これまで注意したことがありませんでした)。
皆花の一つ一つはとても小さいことにも気がつきました。小さいけれどもそれぞれが可愛い姿をしているんですね。
老人の畑で休憩した後に谷戸に降りていきます。絞り水が流れとなっているのを見下ろしながら山際を歩いていると彼岸花が一輪。本当にこの花は、季節に律儀なのには驚きます。そしてそのことはここが昔は田んぼが作られていたことを物語ってもいます。その畦道にあった名残りです。池にはカルガモが泳いでいました。2羽だったので、カップルかもしれません。マガモもやってくるそうで、カワセミを見たことが思い出されます。湿地で注目されていたハンゲショウは実をつけていますが、そのことは指摘されなければ気がつきません。ムコナの白い花(ヨメナに対してこういう)、これからが見頃のツリフネソウ。そしてカラスウリに対してスズメウリ、というのもあるのも面白い。これも小さな白い花で、すでに真ん丸い小さな実をつけているのもありました。このあたりキンミズヒキソウとヒメ……が列を作って咲いています。
水辺を観察する簡単な堰に至ります。ここにヨシノボリがいることが期待されますが、それはなかなか見つからず、今日はホトケドジョウが泳いでいる(10匹ほど)のが見られました。長さ5センチほどの細い姿。Kさんがヤマアカガエルを手にとって見せてくれました。掌に仰向きにするとじっとしているのです。赤っぽい黄土色に黒い縞のような模様。またひっくり返すと飛び上がり、キャット声を上げる蛙の苦手な女性たちの間をくぐって草むらへ・・・。
最後にタデいろいろ。蓼食う虫、という言葉がありますが、タデにも実はいろいろなタデがあること、前回にも教わりましたがやはり忘れていました。オオイヌタデ、ボントクタデ、シロバナサクラタデなど、これらは野草図鑑のようなものを見れば分かりますから書きませんが、とにかく何でもそこに踏み込めば奥が深く、自然はいかに多彩で繊細であるかと感嘆させられます。それらを肌で感じられる喜びを感じます。
休憩をする老人の畑と称している見晴らしの良い場所は虫の天国です。松虫はここを中心にして生息しており、他の虫もたくさん見られます。虫はただ草むらがあるだけではダメで、畑がある周りの背の低い草地、そしてむき出しの地面もまた必要、それらの条件があって生き続けることができる。ここはもう畑ではないのですが、松虫がすめるような虫の天国にするにはどういう環境がいいのかというような試みの場所であるとのこと。その草むらを一緒に歩き回り、ツチイナゴ、キサキリ、バッタ、クサキリ、コオロギ類、マツムシも確かに見ました。しかしほとんど自分では見つけられず、教えられてやっと見つけるという有様です。
長くなるのでこれくらい終りますが、最後に悲しい出来事。ニホンミツバチがスズメバチの襲われたらしく、姿を消してしまいました。そこに棲むというのでなく、幼虫などを食べてしまったらしいということ。
悲しいことではないのですが、今日も美しいアカボシゴマダラ、外来種の蝶を目撃。
ではまた。

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猛暑日の台峯

お盆の15日、35度の猛暑になるという。でも木陰が多く谷戸に入れば涼しいと思うので出かけた。参加者は13人。少人数なのでゆっくりと、まさに道草を食いながら歩く。貴重なるカラーコピーのプリントは、先ずこの地で見られる蝉の種類、ニイニイゼミ、ヒグラシ、ツクツクボウシ、アブラゼミ、ミンミンゼミ、クマゼミの姿。その抜け殻それぞれ。これまでこの殻を見つけてもその本体は何かなど考えたことがなかった。大きさや姿が少しずつ違う。
今ここで鳴いているのはヒグラシとアブラゼミとミンミン、ツクツクも少し前から鳴き始めた。西日本に多いクマゼミは少ない。いないことはないらしいが、抜け殻はないので、江ノ島から飛んできたものであろうとのこと。ハルゼミは赤松が枯れてしまったので、今では絶えたのではということです。
花類は少ない。だから花の名前を覚えようという人には、種類の少ないこの季節から始めるのがいいとのこと。全部覚えられ、記憶に止めやすいからです。春など花いっぱいのときからでは、頭が混乱してしまう。ヤブラン、ヤブミョウガ、それに実が水玉に似ているミズタマソウ、この花は小さくピンク色できれい(プリントの作成者Kさんが大好き)、その他大変地味なイノコズチの花、名前が悪くて可哀そうなへクソカズラ、クサギ(これも名前が可哀そう、花自身は芳香がある)。
今日の目玉はタマアジサイです。これはガクアジサイのように中心部は蕾状の花になっているものと思っていましたらそうではありませんでした。またヤブアジサイでもなくそれら現在の華やかな園芸種とは別系統の、ひっそりと孤高を保っている野種だという。しかも花の時期はこれからです。プリントの花の写真によると、中心部の蕾のような部分はブルーではなく薄紫です。蕾はまだ可愛らしい、大きいのでピンポン玉くらいでした。これから咲くのだそうです。葉も少し違います。このあたりの切り通しに多いのです。群生したところで皆で立ちどまり、咲く頃にこれを見にきたいものだと言い合いました。
またカラスウリの花もこの季節ですが、花は夜なのでもう萎んでいます。しかしこれは蜜が美味しいとのことで、それと摘んで口にすると、甘い味がしました。
そのほかに蝶類、一文字セセリ、これは秋の先触れだそうです。やはり暑いと言っても季節は秋に差し掛かっているのですね。コミスジ(羽根に白い筋が横に入っている)蝶、ムラサキシジミ、大名セセリ(羽根に紋のような白が入っている)、またこの地になかった外来種のアカボシゴマダラ(黒い地色に薄緑の模様、後羽の外側に赤いリングが並んでいる)、とても綺麗だが中国産で藤沢の愛好家が放したのが元で、温暖化もあって繁殖したということ、でも生態系から言えば困ったものだということです。
その他珍しいというマルタンヤンマ。また、オサムシも草むらに。
2つの田んぼの稲は最初の田んぼはもうしっかり実をつけて、青々と育っていましたし、次の田んぼは少し成長が遅れていますが順調に育っていました。今年は暑さが厳しいので、実りはいいのかも知れません。では今日はこれまで。

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梅雨明けの台峯

気象庁の梅雨明け宣言の出た翌日の昨日、台峯歩きだった。
真夏の陽射しが照りつける朝、日中も30度を越す暑さとなるという予報で出足が鈍ったが、思い切って、熱中症対策も一応して出かける。
でもアスファルトは照り返しがあってうんざりするが、コースは崖に挟まれた道や山陰が多く、谷戸に入ればほとんどが日陰、風も程よくあって、快適な歩きとなった。熱中症にならないように、ゆっくりと出来るだけ日陰を歩くようにしましょう、という先導者の計らいもあって、日向は急ぎ足で、日陰はのんびりゆっくりと、適当に観察しながらの休みをとり歩いたのだった。参加者はやはり少なく、15,6人でちょうどいい人数。
この時期、木や蔓の地味な花たちが見られる。カラスザンショウ、アカメガシワ、蔓はオニドコロ、ヒメドコロ(山芋の葉ににている)、ヤブカラシ(庭では嫌われ者、私も見ればたちどころに抜く。いつのまにが太い蔓になり蔓延って屋根まで這い上がる厄介者。しかしこれには蜂などの昆虫がよく集まるのだとKさんはいう)。
そして今花盛りなのはネムノキ、眉刷毛のような紅色の花を樹冠に一斉に咲かせていた。ネムは合歓、夜は葉が閉じるから名づけられたが、風情のある花だが、桜のようには注目されない。この辺にはあちこちにあって、紅の色には木によって淡い、濃いの違いがあることを初めて知らされる。
草の花としては有名なハンゲショウ(半夏生・半化粧)だが、例年ならもう終っているはずであるが今年は十分に見ることが出来た。半分白いのは葉で、その傍らに白い房のように出ているのが花。粉化粧のような香りがする。その他ヤブカンゾウ、コヒルガオ、ダイコンソウ(黄色の5弁の花)、日陰にはヤブミョウガの白い小花、ハエドクソウ(蝿毒草)という可哀そうな名前を持った花が、谷戸のは入口の道端にあるのを教えてもらう。花は可憐で、ランに似た小さピンク色の花々をつけていた。
又葉のなかに沈み込むように咲いているジャノヒゲ(蛇の髭)の花。この花はほとんど人目につかず咲きます。葉も地味だが花も葉に隠れるように咲く。でもよく見ると可愛いでしょう、とKさん。人間もそういう存在の人がいるのです。そしてこの台峯の谷戸も…、などとまたKさんのお決まりの人生哲学話へとなって、皆が笑います。
第一の田んぼは、青い稲が涼しげに波打っている。60センチほどか。
塩辛トンボが飛んでいます。向かいの林に新緑のような色をしたところは、コナラやクリが夏になって出す新しい枝葉で、土用芽というのだそうです。すなわち春と夏の2回、新芽を出しその色合いが楽しめるということです。
第2の田んぼも少し生長は遅いようでしたが青い稲田でした。
その畦の草に網を張っていた、体長10センチくらいの大きな派手な(黒に黄の3本の横縞)を見つけてカメラを向ける人があります。コガネグモ(兵隊蜘蛛とも土地の人は言うとか)という。この蜘蛛の足の置き方も特徴があり、両方の前足2本ずつを前に揃えて置くのだそうです。ちょうど女の人が三つ指をついてお辞儀をするように…、とてもお行儀がよく綺麗でしょう、今はもうそういう人はいなくなったけれど…と。これには女性軍から大きな笑い声。その他にも女郎蜘蛛の子ども、ゴミグモやら、蜘蛛もいろいろありその網の形もさまざまで、これも深みに入ればきりがないようです。
さて今回の心配事は、見晴らしのいい老人の畑の入口の蜂や甲虫が沢山集まっていた古い樹の樹液がほとんど無くなっているようだとのこと。何とか手を打たなければということ、そう言われてみるとこの並びの木々が何となく乾いて精気がない感じもします。
梅雨末期、各地で大雨、土砂災害で痛ましい事件が生じた。異常気象ということもあるが、やはり山が今荒廃していることも一つの原因だ、とここでも話題として出ました。
いろいろまだ教えられたこともありますが、今日はこの辺で。

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台峯歩きと蛍の宴 2

蛍の宴。
いつものように6時半集合。いったん家に帰り、また夕方出かけていく。出かける少し前に雨がザーと降ったけれど、すぐ止んでそのまま解散時まで曇り空であった。
今回は参加者が多く、子ども2人を入れて25人。入山(?)の準備(蚊よけや長靴に履き替え)をしたり、Kさんから注意を聞いたりしながら暗くなるのを待って7時から歩き出す。
入る前に「入らせてもらいます」と必ず手を合わせて拝むのが仕来りである。人数もちゃんと確かめておく。一人足りなかったり、増えたりしたら恐いからである。ここは市内でも恐い谷戸であるという。「気を引き締めて、十分注意して歩いてください」とKさん。「甘く見て油断しないでください」とも。実際ここでは死者も出ていて、また怪談話もあるという。
怪談1、真昼間である。ある人が歩いていたら、後から肩をポンと叩かれ「よお」と声を掛けられたので振り向いてみると、後には誰もいなかったそうである。確かに肩に手ごたえを感じ、声も聞こえたのだという。
怪談2、これはKさん自身の経験である。いつものことであるが、一人でこの谷戸を歩いていたら、向こうからグループらしい人たちの話し声が聞こえてきて、だんだん近づいてくるようだった。しかしどこまで行ってもそんなグループは見当たらなかったという。
しかしこういう谷戸であるから蛍も出る。ホタルにとって快適な生息地は、水は綺麗でなければならないが、一見してじめじめして汚らしい、陰気な場所である。コケの生えた枯れ木や倒木が川の中に浮かんでいたり、枯葉が溜まっていたりする水辺である。それを公園のように快適に小奇麗に、人間の眼に美しく整備してしまってはダメなのである。そういう陰の場所も残しておかねばならないので、Kさんたちはここが残され市に移管されたと言っても目を光らせているのである。(それで明日は、今度担当が替わった市の職員の人たちを案内してのホタル観察を行うとのこと)
さて、私たちはKさんを先頭にして一列になって谷戸に入っていった。ホトトギスが鳴いている。「なるべく懐中電灯は使わないで」と言われる。「だんだん眼が暗さに慣れてきますから」夏草は道を覆うくらい伸びている。また所々測量跡の杭が飛び出ているし、太い木の根も浮き出している。中に行くほどどろどろ、ぐちゃぐちゃの道になる。先頭からそれらを伝える指示を後に伝えながら前の人に遅れないようにして歩いていく。だんだん「トラの眼になります」と。
私たちは明るさに慣れていて、全くの暗闇などほとんど経験しない。それに慣れる体験も時にはいいことだと。それに慣れるとだんだん暗くても物が見えてくるものです。そうすると夜行性のトラの眼のようになるのだと。
この時間、空を見るとコウモリが餌を求めてやってくるのが見えますといわれ、立ちどまって空を見上げていると、確かにヒラヒラと黒い蝶のような影が空を横切っていく。
これらのコウモリは、だいたい大船駅前の商店街に住んでいて(中華屋の軒、換気扇の中など)、夕方になるとここに餌を求めてくるというのだ。初めて知りました。
谷戸の突き当りまでとにかく進んで7時半ごろ、そこからゆっくりとUターンしながらホタルの出現を待つのです。誰が一番先に声を上げるか・・・。ちょうど、一番星見いーつけた!という感じです。そしてその一つの光が見えてくると次々にホタルたちはあちこちに光りだします。舞い上がり、ふわふわと飛び立ち移動しながら、こちらにやってくるものもいます。少しずつ移動しながら高い木々の間を、また湿地帯と潅木の間などのホタルの雄たちの乱舞を声を上げながら眺めやります。この時期、そしてこのあたりはは皆源氏ボタルです。この間ほぼ3~40分。まさに宴です。
足元の草むらに、地面に近いところにも光るものが見られました。それは多分、これから出る平家ホタルのサナギでしょう、とのこと。その光るものを手にとって見ると確かにサナギのようです。これでは踏まれてしまうと避難させます。
平家はまだ時期が早いのですが、下流の池の方に見られるかもしれないと移動しましたがまだのようでした。今年は全体的に遅れているようで、平家は7月に入ってからだとのこと。もう一回観察会をやりましょうと。
実は今年は少し少なかったのです。ちゃんとホタルは飛び満足はしましたが、やはり昨年と比べて少ない感じでした。何日か前に様子を見に行ったMさんの話ではその時は今日の倍ぐらいはいたとのこと。今日は50頭(ホタルはこう数える)ぐらいだそうです。本当なら200ぐらいはいるはずなのです。理由は前前日から降り続いた雨のせい。これで死んだものも多くまた、今日は少し風もあったせい。タイミングも難しいようですが、でもこの季節この時間、毎年ちゃんとホタルが舞うという自然の営みの不思議、律儀さを思わずにはいられません。そして今年もそれが見られたことに感謝しながら、皆無事であることを確かめ合ったあと9時近く解散となりました。

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台峯歩きと蛍の宴 1

やっと梅雨に入り雨の日が続きます。災害も起こり、うっとうしい雨空は気を滅入らせ暮らしにも気を使わせられますが、年々激しくなる真夏の日射を遮ってくれるということで助けられる気もします。それにやはり独特の文化も、これら雨の影響も大きいと思います。
さて昨日の台峯歩きの日は、幸いに朝夕ちょっと小雨があったものの曇り空で、歩くには良いお天気になりました。またそろそろ蛍の時期だと思っていましたら、同じ日の夕方が観察会とのことで、その両方に参加してきました。
台峯歩き。
今回は新しい人もかなりいて22~3人くらいになりました。
夕方から蛍の観察会があるので、今日のカラープリントは主として蛍についてです。
市内では最近、川が綺麗になりつつあることから、至るところで見られるようになったということ。山沿いの川には源氏ボタル、田んぼや湿地の周辺には平家ボタルが見られるのですが、谷戸ではその両方が見られるのです。だからここでも両方が見られます。その違いは、時期として源氏の方が早く、平家はその後(これは歴史の物語としては反対だなあ)、大きいのは源氏で、そのためか光り方も強くゆっくり光る。平家は姿も小さく、光も小さいが早く点滅する。
その他蛍の一生やその生息場所、保護をする際の注意や問題点。また観察する際の注意など、その他の種類のホタルなど細かで分かりやすい数々がかかれています。
最近ホタルを飼ったり見たりする事がはやり、又それは簡単ですが、大切な事は人間が自分の都合で自然な生息地をいじることが一番良くないということのようです。
ですからホタルを持ち帰ることはもちろんいけないが、そこに他所のホタルを放ってはいけない。また餌になるカワニナなどの貝類を他所から持ち込まないことです。
最近、コモチカワツボというカワニナとよく似た貝が市内でも広がっているという。(ホタルの餌としてカワニナの代用になるので、ホタルの養殖との関係が指摘されているという)。
しかもホタルは、先ず水際のコケに産卵するので、そういう自然環境が必要です。それがサナギになるのは、土手が必要です。サナギが孵化して幼虫になり、それが水に降りてきて川や湿地で貝を食べて育つ。そして水から出てきて成虫になり、交尾する相手を探すために光りながら飛びます。寿命は3~4日から1週間。その間何も食べないで、ひたすらメスを求めてオスは飛び回るのです。その必死の営みを私たちは、ああ綺麗だと鑑賞するわけです。(メスも光ってオスへの信号は出すそうですが、草むらや葉の陰にいるので私たちの眼には見えないらしい)
前置きが長くなったが、この梅雨の時期、白い小さな花が目立ちマテバシイの花の強い匂いに促されて歩き始めます。この古木のある駅前の円覚寺の取り残された石垣は鎌倉石で、この凝灰岩は水を含みやすくもろいので、地衣類コケ類、小さな植物たちの覆われやすく、そのため古都らしい落ち着いた風情をもたらすことになります。その石を使った、コース途中の家ではイワタバコが咲いているのが見られました。
第一の田んぼでは、青々とした若い稲が気持ちよく広がっていました。その畦道にカルガモが二羽、カップルでしょうか坐っていて、ときどきに田んぼの水のなかに入ったりしています。ここでは他にシオカラトンボ、それから珍しく人間が3人(男1、女2)、菅笠をビニールで被ってかぶり、苗代で苗を束ねる作業をしてました。
また第二の田んぼもまだ健在。
その後、谷戸に入り、今夕辿るであろうホタル観察会のコースの逆を歩いたのですが、二三日前に雨が続いたので足元は悪くどろどろべチャべチャの所も多く、長靴でなければダメだということが確かめられました。
しぼり水が少しばかり淀んだ水たまりでは、ホタルの餌になるカワニナも確かに確認でき、淡水にしかいないマシジミやホトケドジョウの稚魚なども泳いでいることを教えられましたが、その時Kさんが悲鳴に似た声を上げました。そこにいるはずもないカワニナに似た貝を幾つか発見したからです。先に述べた外来種コモチカワツボではないが、それに似ているモノアラガイではないだろうかと。
Kさんは、小さな変化も見逃しません。では出発ということで手にとって回されていたマシジミも本のところに帰して、と水中に放り込んだのですが、そこが流れの真ん中であることを知って理事であるMさんだったのに叱られてしまいました。貝は浅瀬の土砂の中に棲むのに、ふかい水のなかに放り込まれたら可哀そうではないかと。貝に足があるわけではなく、その浅瀬に帰っていく為にどれだけ苦労をしなければならないか・・・と。何年も通っているMさんが・・・と。Kさんはいつもは優しいのに、ここの動植物のことになると絶対的に厳しいのだから・・・とMさんが頭をかきます。
それほどまでに、この谷戸の生きものたちを偏愛しているKさんです。
長くなりましたので、今日はここまで。

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台峯歩き そのニ

ミツバチが大量失踪した、または死んでしまった、などの話が少し前から取上げられていた。アメリカの大規模果樹園は、受粉にミツバチなしでは成り立たない。大被害だそうである。失踪またその死の理由は西洋ミツバチを、人工的な交配によって人間に都合の良い、効率の良いミツバチに作り上げた結果ではないかと推測されている。その証拠に、自然のままで育てた蜂養家の所ではその被害がなかったという。今朝、そのBS番組を見ながら、(前にも見たことがあり、それをアレンジしたもののようだ)今大変なことになっている口蹄疫の蔓延を思う。
実は今回、喜ばしい事があった。谷戸の洞に棲んでいたニホンミツバチが2年ほど姿が見えなくなっていたのだが、それが帰ってきたのである。Kさんの報告で、私たちは道すがらそれを確かめた。西洋ミツバチの半分くらいしかなく、色も黒っぽい。確かに洞に出入りする蜂を側まで近づき、通り道を邪魔しないようにして眺めた。ほんとに良かった、お帰りなさいという感じである。
その前に、第一の田んぼの様子を書こうと思っていた。今はまだ田植え前であるが、ここに沢山の生き物の姿が眺められたからである。先ずシュレーゲル蛙が盛んに鳴いていた〈私の家からでも近所の家の池に棲む蛙の声が特に夜聞こえてくるけれど)。田んぼにはタガラシやクレソンが繁り、その上をトンボとアゲハチョウが舞っている。ときどき水を飲むために泥の上に止まったりしながら。ムクドリが泥をつついて餌を探しているムクドリ、またハクセキレイ。
いま田植えをする為のいろいろな準備の時期で、それが大変だそうである。先ず①泥上げ。次に②クロキリ。③クロスケ(スキ?)。クロは田畑の畦のことで、最初に畦を壊してそれを作り変え、それを塗り替え固めなければいけないといい、それをこのようなところでは手作業なのだそうだ。この田んぼは一段ぐらい(300坪)だそうで、これで米が4~5俵ぐらいとれる。一人年1俵として一家が自分の家の主食だけが賄えるくらいの収穫だという。
この田んぼがほとんど昔ながらの手作業に近いやり方で耕されているからこそ、沢山の生き物が生息できるという事が、四季を通じて訪れことで目の当りに感じられる。しかしこの文化遺産のようなこの田んぼがいつまで残っていられるだろう。
ぎりぎりまで宅地化してしまった第二の田んぼも、何とか健在であった。ここには珍しくなったシオヤトンボがいる。シオカラトンボと似ているが少し違っている。この姿をKさんがいつも担いでいる素晴らしく性能のいい望遠鏡で眺めさせてもらった。
さてここで、事件が起こった。この辺をうろついているノラではなく首輪が付いているので飼い猫が、蛇を見つけたらしく襲ったのである。草が刈られていてむき出しになったところを横切っていた蛇。この猫は大きく太ったキジ(毛並みを私はこう言う)猫で、どうも仕留めたようであった。
あーあー、とKさんが声を上げた。実は蛇もこの辺りからは減っているという。そういえば、わが家の近くでも春になると見かけた蛇がいなくなった。
燕の巣を襲ったりした時は、蛇は敵役だけど、やはり以前からの住民である。人家が増え、猫も増えてきたので、蛇も減ってきたのである。
「やっと生まれ出たばかりだったかも知れないのに、可哀そうなことをした。猫にやられて」とKさんは蛇を悼む。
ところでいつもの見晴台である老人の畑からは新緑に波打つ丘陵の中に白っぽい黄色の部分が見えるが、それは椎(スダジイ)の花と若葉である。この花は強烈な匂いを放つ。それもまたKさんの望遠鏡で眺めさせてもらった。
さてもう一つ面白い報告。皆と別れての帰る道すがら、家の近くの坂道を上っていると目の前にばさりと落ちてきたものがあり飛びのいた。それは石垣から落ちてきた青大将で、眼前の道路をうねりながら横切っていった。踏まなくて良かったけれど、胸の動機がちょっと納まらなかった。やはり蛇は気持の良いものではない。しかしさっき話を聞いた後だけに、蛇よ、元気で生き抜きなさいと見送る気持もまた生じたのである。

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