源氏を読んでいると、色々思うことが出てくる上に横道にも入っていくことになり、書きたいことも沢山でてきてなかなか終られない。そこで今日は、今考えている私の結論めいたものに、先ず一気に跳んで見ようと思います。
宇治十帖の女主人公の大君と中君の姉妹の姫君を巡る、薫と匂宮の恋の駆引きのお話は一先ず置いて、最初にも述べたように、この世界でも冠たる名著(王朝文化、絢爛豪華で芸術性の高い平安時代の文化のことごとくがここには詰っている)の中に流れる暗いものは何であろう? という事が解ってきたような気がする。もちろん私なりの意見である。
先ず一つは、底流に流れる「もののあはれ」、無常観。それは別に特別な事ではなく、時と共に全てのものは変化し、盛衰することで、当たり前の事だが、これは恋物語なのであるから、それは男女の心、その変化である。そして女が主体性を持てなかったこの時代、主としてそれは男たちの恋心の変化、しかもこの時代は制度的にも一夫多妻のようなものだから、女は男次第ということになる。その女を守る事ができるのが、後見、すなわち父親やそれに代わる男の、地位や権力や財産である。宇治に住む二人の姫君は高貴な血筋(父は八宮、すなわち帝につながる)であるが、地位も財産も乏しい情況に置かれている。そのような女たちはどうなっていくか、そこに紫式部の眼は注がれていく。これが宇治十帖である。
第二に、これは前にも述べたことだが、これが書かれた一条天皇の時代、大きく時代は変っていき、藤原一族、特に道長によって天皇と外戚関係を結んで政権を握っていく摂関政治、父系全盛が確立していく時代。このことによって、姫君たち女性は、ただただ男たちの意のままに生きるしかすべを無くしていくのである。
それをとうとうと流れる無常という時間の大河、そして政治による大きな潮流、それに翻弄されるしかない姫君たちの姿を、哀れに美しく、絢爛豪華に描いたのである。宇治は、宇治川が流れているその頃は都を離れた山里であり、最後に登場させた姫君は「浮舟」。宇治川に漂う小さな舟、「浮舟」というのも、象徴的な命名である。
薫と匂宮はその浮舟を巡ってまた争い、その果てに浮舟は宇治川に身を投げる。しかし横川の僧都に助けられてしまうのである。そして身分も事情も話さないまま、切なる願いによって出家を果たすのである。
浮舟に式部は自分自身を投影させたといわれてもいるが、浮舟によって思うところを語ろうとしたことは確かであろう。
式部が出仕したのは、1005年か6年、夫を亡くして4~5年、その間彼女を救ったのは物語り好きの友人たちだったらしく、その間に源氏物語の一部は書かれ、それが評判になって道長も彰子付きの女房へと召抱えたのであるようだ。いわゆる、のし上がっていく権力の中枢部を裏側から眺めていた。衰退していく一条天皇側の姿もやはり伝わってきたはずで、その皇后定子の哀れも見ていたであろう。それに仕えた清少納言の悪口を日記に書いているが、それはライバルであるからであり、互いに意識せざるを得ないのは当然である。生身の人間同士であれば嫉妬がありプライドもある、そんなことは大したことではない。それぞれの特質を活かして、女主人を精一杯助け励まし、そして素晴らしい作品を生み出したのである。
新鮮な感覚が勝負のエッセイを得意とした清少納言と違ってドキュメンタリー的な散文ということになれば、やはり権力の最中に紛れ込んでいた方が、物事も良く見えてくるであろう。
宇治十帖を、「光のない憂き世の物語」(赤羽龍夫)という意見、またこれを書き終えた式部は、為すべき事はなし終えたと、仏道に惹かれていた(今井源衛)という論もあるが、そのようにこの最後の辺りは暗いものが漂う。浮舟の出家後の心境は、まさに式部自身の心の描写、解説である。
書き終えてから暫くは彰子の下にいたが、最晩年は実家で静かに暮らしていたらしい。資料上、1019年まで確認できるという。結局表立った活躍は、13、4年ということになる。もう少し書き足りない部分を次に書くことにします。
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