前回、この巻のことについて書いたが、今この物語を原文で通読しはじめている。昔あちこちを虫食いのように読んではいたもの、一気に読み通したことはなかった。いまはその千年紀ということなので、これを機会に自分の目で読み通してみようと思い立ったのである。じっくりとではなく、まったくの走り読みなのだが、(そしてややこしい部分になると、現代語訳で援助してもらいながら[谷崎源氏])読み行くほどに、その見事さに感嘆すると同時にかつてとは違ったいろいろな思いが立ち昇って来るのを感じる。
それらを時々、ここにも書いてみることにしよう。
さて、その「蛍」の巻であるが、ここには紫式部の文学論というか物語論が語られている事で有名である。すなわち、「日本紀などは、ただ、片そばぞかし。これら(=物語)にこそ、道々しく、くはしき事はあらめ」、訳は「日本歴史(大体は六国史を指す)などは、ほんの一部に過ぎない。すなわち社会の表面の記事に過ぎない。世の中の真相は、個々の人間の詳細を描いた物語の方にこそ存在するのだ」という物語論を源氏の口を通して述べているのである。
ああ、それはこの蛍の巻だったかと、再認識したのであったが、それは大したことではない。
この大系の中にそれぞれはさまれている12ページほどのリーフレット「月報」の中に興味深い見解や解説があって面白いのであるが、ここではその一つを書き留めておきたい。
日本は漢字をはじめ中国文化によって文化の開眼をしたことは言わずもがな、この平安時代にそれを日本化して、その頂点とも言うような世界に誇れる『源氏』を生み出したわけだが、それを魯迅の弟である周作人が絶賛しているという文章があるという。(中国では日本の文化は自分たちの真似だと考える人多かった時代である)。必ずしもそうではなく、日本には日本の文明があり、特に芸術と生活の方面ではそれが顕著であるとし、「紫式部の源氏物語は十世紀の時に出来上がったのですから、中国で言いますとちょうど宋の太宗の時分で、中国における長編小説の発達までにはなお五百年の隔たりがある」と言っていて、「まさに一つの奇跡と言わざるを得ない」ともいう。これはヨーロッパにおいても同様である(これは私の言葉)。つまり周作人は日本文化の独創力を認め、その典型を源氏物語に発見しているのだとし、「彼は一九の膝栗毛や三馬の浮世床なども日本人の創作したあそびだと言っており。かなり深く日本文学を究めたようである。」と、これを書いているのは、肥後和男(肩書きがないがたぶん源氏の研究者、大学教授)という方である。「源氏物語と山岸君」のタイトルで。(源氏の大家山岸博士を君付けをするのだからもっと偉い先生だろう)
今、日本のアニメ、漫画が世界的な広がりをみせているのも、この流れの一つではないかと、これを書きながらふと思った。
では、今日はこの辺で。
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