先日、これを観に行った。ナポリは港町だから変だと思うかもしれないけれど、これは林の中にある、中年夫婦と娘が経営するペンションの名前である。シェフである夫がイタリアで修行した経験があり、また森の中でも港町のような明るい雰囲気にしたいという願いがこめられている。
席に着くともう舞台には紗の幕(小さな花が織り込まれて美しい)が下がっていて、照明効果による雪がその上に盛んに降っている。それを透かしてペンションのロビーは見えていて、紗の幕が上がるといよいよ劇が始まったのだが、そのロビーは、なかなかシックで洒落ていてとても気持が良く、泊まってみたいほどだった。
窓の外の風景、雪をかぶった樹木などもきれいで、舞台装置に楽しませられた。場面はここだけで変わらない。ここでの10日ほどの出来事が描かれる。
森の中のペンションは冬場にはほとんど客が来ない。スキーなどのウインタースポーツもまた温泉もない所だからである。その上インターネットに悪口を書かれたりして腐っている。
そこに娘が駅前で拾ってきたとも言える、正体不明の一人の高齢の女性が登場することからドラマは展開する。
それを演じるのが南風洋子、元宝塚スターでもあった彼女はまた空襲や引き揚げなどの戦争体験、また介護体験なども現実に経ている女優で、その懇願もあって現時代を描くことに長けている山田太一によって書かれた新作脚本である。
簡単に言えば、今日の高齢者の生き方の問題である(それはまた若い者の生きかたにも繋がる)。だから南風さんの経歴とも重なって、人生の難問を潜り抜けてきた毅然とした老婦人の謎めいた美しさが発揮されるぴったりの役なのである。(もちろんそれを目指して山田氏は書いたのであろうけれども)
ペンションの夫婦は、伊藤孝夫、樫山文枝、娘は中地美佐子。タクシーの女性運転手(有安多佳子)も面白かった。実はその老婦人とペンションのオーナーとは遠い昔の記憶に何やら重大な関わりがあったことに気づくのだが・・・。
ちょっと種を明かせば、その老婦人は家を処分して老人ホームに入ることになっていて、その途中に姿をくらまして気儘に旅をしている、確信犯的行方不明者である。
その女性の願望とも法螺ともみえる身の上話、劫を経た人間の巧みな人あしらい、その決意など、同年代であれば、ペンション夫婦の会話と共に同感する事も多いようで、私の後ろの席の女性は盛んに同意し、笑い、拍手し、少々目立ってうるさかったほどであった。
そんな年になって(なったからこそ)初めて、「そういうのは嫌だ。こうしたい」と我侭勝手をしようとするその老婦人に、女たちは次第にそうだそうだと皆いいはじめ、同調していく。しかしそこに至って(そうなったからこそ)、ただ夫だけはそれはいけないと、おろおろする。そういう男を大胆な女たちと対応させて描いたというところがうまいと、パンフにあった清水真砂子さん(「ゲド戦記」などの翻訳家、評論家)は書いているが、なるほどと感心した。
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