この家の狭い庭も秋の野花が美しくなった。夏場はいくら抜いても抜ききれない勢いにうんざりし、憎らしくも思っていたのに怠け者のせいでその多くが残り、今は小さく可愛らしい花を咲かせている。こうなるとお金と手間をかけて華やかな園芸種など植えなくても、自然のままの花を楽しむだけで十分だな…など勝手なことを考え満足するのだった。
何時までも花を咲かせ続けている秋海棠をはじめミズヒキソウ、ホトトギス。タデもいろんな種類を知ったせいか特別な感じで眺めている。まだ露草も咲いている。ヤブランはもうおわりだ。これは植えたものだが、朝顔も終わりに近いが団十郎と大輪の白がまだ咲いている。
いわゆる虫は、このような野原、原っぱ、田んぼや畑の畦など、それに付随した喬木に多く棲むわけで、深い森や林ではない。すなわち人間と共存した里であり、里山である。虫の音を鑑賞するのは日本人だけ(?)で、西欧人の耳には雑音としか聞こえないなどと聞いた事があるけれど、そうだとするとやはり古来から虫とのつながりは深いということだろう。そうは言ってもただゴキブリだけは嫌だなあ、見つけると反射的に殺したくなるのはやはり先祖からの遺伝子だろうか。
1千年前の宮廷でも、虫の音を賞でる宴が催され、その詳細が「鈴虫」の帖に描かれている。38帖目であるからこの長編も後半に入り、源氏50歳の晩年で、女三宮と柏木の密通事件が柏木の死という結末になり、それに続いて女三宮の出家という事件も一段落した頃の秋、その女三宮(入道宮)の持仏開眼供養が盛大に行われた後、静かになった8月15日、すなわち中秋の名月の日ということになっている。旧暦であるから今では9月終りである。ちなみに今年の8月15日は、10月3日であるが満月は4日である。
女三宮の住む六条院の西の渡殿(渡り廊下)の前を「おしなべて、野につくらせ給へり」とあるから、その辺り全体を野原のように整えて、そこに棲む虫たち(主として鈴虫)の声を聞くという趣なのである。その宴を源氏は主催する。女三宮の周囲には、女房たちの中から選りすぐりを十余人を選んで侍らせるが、その事を聞きつけて夕霧、蛍兵部卿その他殿上人たちが次々と、月見をしながら管弦の遊びをーと集まってくる。それら楽の音を洩れ聞いた冷泉院からも誘いがあって、そちらの方に流れていき、一晩中の管弦の演奏、また詩や歌をつくってそれを披講して、やっと明け方に退出という事になる。
これは女三宮邸で行われることから、女主人を慰める気持があると同時に、柔和で艶めかしく、笛の名手であった(遺愛の横笛を夕霧に残してもいる)柏木を、それぞれが偲ぶ巻ともなっている。
さてそこに源氏の虫の音の好みが描かれているので書き出してみる。秋の虫の中で、声は松虫が一番といわれているが、(とあるので、その頃から松虫は定評があったようだ)しかし、名前と違って命がはかなく、また「いと、へだて心ある虫になむ」とあり、それに対して鈴虫は「心やすく、今めいたるこそ、らうたげなり」と、女三宮に向かって感想を述べている。すなわち松虫はどことなくよそよそしい感じで、鈴虫の方が親しみがあると感じているようだ。確かに松虫を飼うのは難しいが、鈴虫はよく飼育される。私も団地に住んでいたときに飼っていたことがあるのだった。
それにしても宮中の中に野原を殊更に造ったというのが面白い。ヴェルサイユ宮殿にはないものだろう。貴族並に私もそれを良しとして楽しんでいることも考えれば面白い事である。この風流は、その頃は暮らしに余裕などなかった庶民には与えられなかったことだろう。しかしだんだん庶民もそれが楽しむことができるようになる。
長唄(三味線)の中にもそんな虫の声を表現したものを思い出したので、もう一回それについて書いてみることにします。
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