源氏物語は恋に充ちていても、恋の喜びというものはほとんどなく、恋の無常の物語ではないかと思え、心わくわくするところがない。とくに光源氏が亡くなり、その子や孫の時代となる「宇治十帖」になるとその感が強い。ただただ恋の、この世の、無常観だけが漂っていて、姫君たちが哀れなのである。それにわが身を重ねたり、又その情緒に美を、すなわち「もののあはれ」を感じたのかもしれないけれど。
一つに、光源氏という大きな主人公が去ってしまった後を引き継ぐ者たちが小ぶりになったからでもあろう。源氏の分身のような二人の主人公、薫(源氏の晩年の息子となっているが、実は密通によるものであり、直接の血の繋がりはない)と匂(源氏の娘と今上天皇の子、すなわち血のつながりのある孫)が、源氏のそれぞれをまさに受け持った形になっている。すなわち匂が源氏の色好み、浮気な部分、そして薫が源氏の誠実でまめな部分。その二人が互いに同じ姫君またはそれぞれの姫君を巡っての物語を紡ぎだしていく訳であるが、その過程は、今を生きている私にとって、相手の、すなわち女の気持などを微塵も感じず、考えない貴公子たちの身勝手さというか、エゴイスチックな恋心に、いまいましささえ感じる。
それこそ、作者紫式部が感じたものではないだろうか。その男の身勝手さ、エゴイズム、それに翻弄される姫君たちを、女房の立場から見続けていたのである。しかもそこに置かれた姫君はそれらにほとんど抵抗ができない。それは姫君個人の問題、強さの問題ではない。置かれた場と慣習、制度の問題である。
これは前々回にも書いたけれど、すなわち「法制的に父系社会になっていく」、そしてこういう社会では女性は全く財産権も相続権もなく、男に頼るしか生きていく道はない。結婚する前は、父かまたはそれに代わる有力な後見者がいてはじめてひとり立ちできるのであり、それがなければほとんど生きることができない。
宇治十帖の最初のヒロイン、大君と中君は、そういうぎりぎりの境遇に置かれた姫君であった。この詳細については長くなるので、次回にまわします。
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