夏至の夜の蛍の宴

日がいちばん長い夏至、21日は台峯歩きの日であったが生憎雨であった。しかし夕方からは上がって蛍の観察会は催されるというので出かけた。
風もなく穏やかで、条件としては悪くはない。参加者は15人と子ども2人。雨具と十分な足元の準備をして出かける。その頃から霧雨よりももっと細かな、まさに霧のような雨も降ったりしたが、傘を差すこともなく行程を終えた。
蛍が光り始めるのはほぼ7時半ごろ、それから30分ぐらいでクライマックス、それから30分ぐらい経つと終ってしまう、まさにほぼ一時間ほどの、命の饗宴である。ここでの観察は3回目なので、最初のつよい感動は薄れたかもしれないが、最初の瞬きを捉えた時の心の弾みはなくなることがない。暗闇に中でじっと待機しながら目をこらしていると、どこかでピカリと光り始める。するとまもなくあちこちから同じような光が明滅し始める。時にはスウッと流れるように飛んだり、こちらにぐんぐん近づいてきたり、時には空の星かと思うとそうではなく空に飛び立った蛍であったり・・・。
この蛍に出合うことで、やっと夏が迎えられると感じられる、という常連の人もいた。まさに過ごしにくいこの国の夏を迎えるための蛍はエネルギー、清涼剤かも知れない。これが味わえるのは幸福な事である。
今年は、まだ日が長いので入口辺りではホトトギスが、また行き帰りにはアマガエルの声が迎えてくれた。アマガエルの声のなんとけたたましい事! 赤貝の殻を激しくすり合わせるような声。途中で聞こえた、ちょっと不気味な神秘的な声はガビチョウということだが?
まだ蛍が光り始めないころ、ハンゲショウの香りをかぎに行きましょうと行ったのだが、朝からの雨で香が流されあまり感じられなかった。
今は源氏蛍の時期、しかし今年は平家の方もかなり光り始めていて、例年より少し早いとの事。来週になるともう源氏はあまりいなくなり、ほぼ平家だけになる。人間の歴史と反対なのだなあ・・・。
源氏と平家は点滅の長さ方が違う。源氏はゆっくりしていて、平家は早い。池の奥の方では平家が多くいて、歩く足元にまで光っている。踏み潰しそうだ。
そこでこの山道にこの谷戸の整備にあったって仮説道路(工事のための)が通る計画になっているという。そうなるとここに多く生息している平家蛍が危ぶまれるという。それでその平家を上流に移すことも考えねばならないなど、問題も生じているのである。ああ、平家はやはり行く末がおぼつかないなあ。
『源氏物語』に「蛍」という巻がある。その頃から、私たちはこの五月雨の頃の蛍に美を見出し、愛してきた。中国では「蛍の光」で学問をしたようだが、こちらではそうではなく恋愛の小道具として使われる。何となく彼我の文学の違いのようなものを感じる。
「蛍」の巻では、もう源氏は36歳の中年、はかなく死んだ夕顔の忘れ形見(自分の子ではなくライバルの娘)を探し出して(親友でいてライバルの実父には隠して)養女にして、紫の上ほか大勢の女性たちに囲まれながら、その若い玉鬘にまで懸想している。その上に、(源氏の嫌なところであるが)彼女に言い寄っている公達の心を一層かき乱そうと)今のような雨模様の夕方、こっそり蛍を袖の中にたくさん隠して、その男が玉鬘の部屋を訪れた時、その几帳のなかに一斉に放ち、その顔を露わにさせる(その頃のお姫様は今のイスラムの女性と同様男性に顔を見せてははしたないのである)。
しかし蛍は、自分以外のものを明るく照らし出すほどの明るさは持っていないのではないだろうか。
とにかく今年も蛍に会えた幸いを感じながら、またもや霧のような雨の中を帰ってきたのである。

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