朽木 祥さま
最新著書『風の靴』(講談社)を拝読しました。
主人公の海生(かいせい)少年になったような気持ちで、ワクワクしながら読みました。
わたしが中学校教師だったら、夏休みの課題図書ぴか一のものとして推薦したでしょう。いえ、そんなことより私自身がとても素晴らしい体験をしたような感じで楽しんだのでした。
物語は、中一の主人公、その年齢特有のもやもやした悩みと悲しみを抱えた海生が愛犬と、親友とひょんなことから従いてきてしまったその妹、3人と1匹が、ヨットで家出をするというものです。
これまでの『かはたれ』、『たそかれ』など、キツネや河童など異界の者たちとの交流をファンタジックに描いた作品とはまた違った世界が展開する事に先ず驚かされました。これまでは、どちらかといえば薄明の世界で哀しさがただよってたのに比べ、これは湘南の海が舞台になっているだけに、明るい陽光と海風に溢れていて、健康的で前向きの世界です。それでもなおこれまでのファンタジックで詩的な朽木さんの世界はちゃんと漲っていて、それゆえ解説にもありましたが、本格的でしっかりした、それでいて素晴らしくファンタジックな冒険物語として新しい流れをもたらすのではないかと(私はその方面には詳しくありませんが)予感します。急逝したおじいちゃんの愛用のヨットという絡みもあって、おじいちゃんの言葉や教え、人生への深い考察も自然に思い出されることもあって、体験による少年の成長物語にもなっています。
私も海や船への憧れがあります。特にヨットはやはり船の中では特別ですね。『太平洋一人ぽっち』の堀江さんがヒーローになったのも誰しもそういう気持を持っているのではないでしょうか。私も江ノ島のヨットハーバーを見るたびに、それらを操る人たちはどういう人だろうと思っていました。もし時代や環境によって、それに関わるチャンスがあったら、きっと嵌ってしまうに違いありません。もちろん不器用で、運動神経も鈍いので、ただ乗せてもらうしかないにしても・・・。
ところが朽木さんはそんなセーリングを仲間たちとなさった事があり、船舶免許までもっていらっしゃるのだと知り、それゆえにこの物語も細部まできちんとリアリズムで書き込まれていることに納得し感心しました。ヨットの種類から始まって構造や名称、帆やロープの結び方など簡単なヨット入門書的な面もあって、大いに目を見開かせられ勉強にもなりました。
そういうわけでぐんぐん引き込まれました。
地図があると同様、海図があったのだと思い当ります。いつもは陸地からしか海を眺めないのに、海からの眺めもあることに思い至ります。ヨットの上から湘南の海と光を存分に感じました。筋も構成も、人物の性格やその配置もピタリと決まり、犬一匹(いえ2匹?)というのも楽しい。家出から始まって隠れた湾の存在や宝探し、なぞの人物など冒険の定石はちゃんとあって、大冒険ではなく身近なところであることが、かえって真実味があり、どんな些細な事でもまた日常でも冒険は成り立つという事でもあります。そしてサバイバル体験も。見慣れたところを見直す感じにもなりました。
おじいちゃんの遺品、総マホガニー作りのクラシックの小さいヨット、ディンギーは、おじいさんと同様素敵ですね。キャビンのあるヨット、アイオロス号も楽しそう! でもおじいちゃんはカッコいいだけに、ちょっと若すぎる死であるように思われるのも、私がその歳に近いように思えるからでしょう。でも急逝だし、それは物語の運びとしては仕方ない事でしょう。
さて干潟で皆でするキャンプファイアの終りの花火(これも既成のものではなく、ありあわせの物で作っている)の場面は、ここでは一つのクライマックスだと思えますが、その描写がとても生き生きとして素晴らしかったです。またそれまで静かな波のようにバックで物語を支えていた挿絵もここでは花火と水しぶき、子どもたちの躍動を思いっきり表現していて効果的、良かったです。
そのほかいろいろ感じた事もありますが、長くなりますのでこの辺で止めます。
最後に題の『風の靴』も、裸足(はだし)の風に船の靴を履かせる、を意味しているようですが、この着想も面白いですね。
この著書も羽根の生えた靴をはかせられ、順風満帆の航海ができますようにと祈りながら、お礼まで。
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